ダイエー再建と日本経済

小林 慶一郎
研究員

記事の要約

(1)ダイエー問題で日本経済に金融危機が起きるようなことはない。負債を減らし、事業を再編して粛々と再建を進めるべきだ。
(2)ダイエー問題は、不良債権問題の最終段階を画する出来事として、象徴的な意味を持つ。
(3)銀行、企業ともに、不良債権問題が終盤になっても収益性向上が課題。病み上がりの日本経済に対し経済政策のかじ取りは難しい。

大手スーパーのダイエーは先月、産業再生機構を活用して、経営再建を進めることを決めた。それまで再建問題は何度も紛糾し、注目を集めた。日本経済にとって、その意味は何だったのか。

なぜ問題だったのか

ダイエーの経営再建問題は、かつては不良債権問題の象徴だった。

ダイエーの失敗は、「土地は値上がりし続ける」という土地神話に依存した典型的なバブル型経営を続けたことにあった。土地を担保に銀行から資金を借り入れ、その資金で新たな土地を買い、店舗を拡大する、という経営手法である。地価が上昇を続ければ、この手法で無限に店舗拡大を続けられるが、バブル崩壊後、地価が下がり続けたため、巨額の債務を背負い込んだ。

02年、ダイエーに対する債権放棄が論議されたとき、その債務、雇用、取引先などがあまりにも多いため、破綻すれば日本経済全体が恐慌に陥る、と多くの人が心配した。特に、貸し手の大手銀行まで破綻し、金融危機に直結するのではないかと恐れられたのだ。

大企業であるため、ダイエーの破綻が雇用や取引先に与える影響は依然として決して無視できない。しかし、株価の回復や増資などで大手銀行は体力を回復してきた。ダイエーが引き金になり、金融危機を引き起こし、日本経済全体を恐慌に陥れる恐れはなくなったといってよいだろう。

こうしたことから、ダイエー問題は、大規模ではあるものの、個別企業の経営問題として考える必要がある。つまり、ダイエー自身にとって、どのような再建策がよかったのか、という問題だ。

実は、産業再生機構の活用も、民間による自主再建も、再建を成功させるために行うべき内容にはあまり違いはない。

銀行の債権放棄によって約1兆円に及ぶ巨額の有利子負債を十分に減らしてもらうこと。そして、ダイエーの事業を抜本的に再編して収益性を高めること。この2点はどんな再建案でも必須の条件だろう。

特に、収益性を高めることこそが成否の鍵になるが、ダイエーが属する「総合スーパー(GMS)」という業態そのものが構造的に低収益化しているという専門家もいる。収益性を向上させるには、業態の大転換が必要なのかも知れない。

有利子負債を減らすことと収益性を高めることは、産業再生機構の活用か、民間による自主再建か、という問題とは関係ない。今年夏から先月まで、ダイエー問題は「機構入りか、民間再建か」という再建の枠組みばかりが注目されたが、本当の問題はこれから決まる再建策の中身なのだ。

決着で何が変わるか

ダイエー再建の成否自身には、日本経済を左右するほどの影響力はない。しかし、90年代初めから続いてきた不良債権問題にとっては、「正常化」を意味する。

ダイエーの再建処理が終われば、大手銀行が抱える大型の不良債権処理はほぼ終了したと言ってよい。まだ各地の地方銀行や信用金庫、信用組合などには問題が残るが、大手行が健全化すれば、全国的な金融危機が発生することはなくなる。金融の全国的なネットワーク全体への信認を取り戻すという意味で、ダイエー再建は象徴的な意味を持つ。

今年に入り、UFJと三菱東京の経営統合の発表と、ダイエー再建策の決定があった。いずれも日本の金融不安を解消する出来事である。04年は、不良債権問題が本当に峠を越した画期的な年と後世に記憶されるのかも知れない。

金融・財政、今後の課題

しかし、日本経済の前途がバラ色かといえば、そうとは言い切れない。

不良債権問題の終了は、銀行や企業が抱えていた過去の負債の処理が終わったということだ。企業会計の用語でいえば、バランスシート(貸借対照表)の処理が終わったということである。しかし、今後、銀行や企業の成長には、毎年の収益が向上する体質を身につけなければならない。つまり、PL(損益計算書)の内容を改善するということだ。

ところが、銀行や企業の収益構造は、決して盤石とは言えない。

この1年余り、株価の安定や景気の回復傾向で、銀行業界では事業の改革意欲が薄れているといわれる。いまの銀行の収益性は総じて高いが、それは日銀が量的緩和で金利をゼロに抑えているおかげだ。銀行はゼロ金利で資金を調達できるので、いまは貸し出しで簡単に利ざやを稼げる。逆に、金利が正常化して預金金利が上がれば、銀行の収益性は大きく悪化するかもしれない。

ダイエーはじめ、借り手企業の側も、収益性や国際競争力の向上は大きな課題だ。収益性の高くない企業が生き延びることができているのは、日本経済全体が超低金利の環境に慣れているからである。日本経済が正常化して企業にもっと高い金利支払いが求められるようになれば、低収益企業は生き残れなくなる。

十数年の不良債権問題という長いトンネルを抜けても、収益性向上という「上り坂」が課題として眼前に続いている。これが日本経済の現状といえるのではないか。

経済政策の運営も難しい。金融危機の恐れはなくなり、国内総生産も堅調に伸びているが、一方、デフレ(物価下落)はまだ終わらず、企業や銀行の収益性にも潜在的な問題がある。

日銀は来年度の消費者物価が8年ぶりにプラスになると予想しているが、デフレ傾向が完全に終わったわけではない。量的緩和は当面続けざるを得ないが、財政はどうすべきか。

財政再建に大きくかじを切れば、デフレの中では景気を冷やしすぎて不況を招く心配がある。ある程度は景気に配慮しながら、財政の健全化に向けて一歩ずつ進むしかないだろう。景気に配慮するため、金融政策は緩和基調にし、財政政策は中立またはやや緊縮的にするという米国型の政策運営がコンセンサスになりつつあるようだ。

金融と財政の選択肢が狭まり、細い道を進むような難しい政策運営が必要とされている。

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2004年11月7日 朝日新聞に掲載

2004年12月13日掲載

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