日米経済の今後

小林 慶一郎
研究員

記事の要約

(1)日本の景気回復は、米国への輸出に支えられている。日本は米国への資金の貸手でもあり、日本のお金で米国が日本の商品を買っている構図となっている。
(2)米国の海外債務(経常赤字)と財政赤字の「双子の赤字」は増え続けており、いずれドルの減価が起きる可能性がある。
(3)ドルが減価すると、米債を保有する日本の財政は損失を被り、また、円高で日本経済の回復が減速するおそれがある。

日本の景気回復を示す経済指標が次々と発表されている。この景気拡大をいつまで続けることができるかは、米国経済の先行きと密接に関係している。米国を中心とした資金循環から、日米経済の今後を考えてみる。

相互依存の構図

5月18日に発表された今年1~3月期の国内総生産(GDP)速報によると、日本の経済成長は年率5.6%になった。

消費の伸びが1.0%なのに対し、企業の設備投資は2.4%、輸出は3.9%。消費も回復しつつあるとはいえ、やはり投資と輸出が景気回復を主導している。このうち企業の投資は米国やアジアへの輸出部門向けが多いから、日本の景気回復は、広い意味で外需に頼る側面が強い。

これは、経常収支の数字からも裏付けられる。3月の経常収支黒字は前年同月で13.1%増となり、9カ月連続で黒字幅を拡大した。03年度の経常黒字は17兆2600億円に達し、5年ぶりに過去最高額を更新した。

こうした外需主導の景気回復は、アジア向け輸出の増加が大きな要因とされる。アジアの活況は、アジアから米国市場への輸出に支えられている面が強いため、究極的には、米国経済が日本やその他の経済を引っ張っていると言えるだろう。

だがここで、世界的な資金の流れに着目すると、別の姿が見えてくる。米国経済の活況は、欧州や日本などから米国への資金の貸し付けや投資で支えられているという構図である。

グラフ(別ウインドウ)は、米国の財政収支と経常収支の推移を示したものである。

財政収支は、80年代から一貫してマイナスだったが、90年代末から01年にかけて、プラスに回復、その後、ITバブル崩壊をうけた大規模な減税の実施などで過去最悪の数字になっている。

経常収支は、90年代始めに若干のプラスとなったが、その後は悪化の一途をたどり、これも過去最悪を更新中だ。

一国の経済では、「国民の貯蓄不足と政府の財政赤字の合計が、その国の経常収支赤字になる」という関係が恒等的に成り立つ。政府の財政赤字が縮小しても、国民の貯蓄不足がもっと悪化すれば、経常収支の赤字は大きくなる。90年代末に米国の財政が改善したのに経常赤字が拡大したのは、米国民の貯蓄が減ったためだと思われる。

米国の貯蓄不足と財政赤字は、海外からの資金流入(借り入れや証券投資)でまかなわれる。

米国内の消費や投資の活況は、その相当部分が海外からの借金に寄りかかっているわけだ。特に、欧州と日本から米国へは、年間約200兆円(日本のGDPの約40%)もの資金が流入している。単純化すれば、日欧からの資金が米国経済の活況を支え、米国経済の活況によって日本の経済回復が支えられている、と言える。

いずれドル安?

こうした支え合いの構造は持続可能だろうか。この状況が続く限り、米国の対外債務は拡大し続ける。いずれ対外債務を返済できなくなるのではないか、と多くの人が懸念を持っても当然だ。

しかし、米国が対外債務の不履行に陥ることはない。米国はドル建てで借金をしており、ドル紙幣を印刷すれば、いくらでも対外債務を返済することができるからだ。この場合、ドルの価値が減価するので、ドル建ての対外債務の実質的な価値が下がるのである。

つまり、米国の対外債務が大きくなりすぎれば、いずれ、ドルが他の通貨に対して減価し、その結果、米国の対外債務も減価する。米国の債権者(欧州や日本)は損失を被り、米国は債務者負担を軽減されることになる。

こうしたドルの減価は85年9月のプラザ合意で実際に起きた。プラザ合意の直前に1ドル=230円台だったドルの為替レートは、翌年5月には1ドル=160円にまで急落した。

80年代半ばも、レーガン政権下で米国の財政赤字と経常赤字が拡大し、「双子の赤字」と騒がれた時期だった。

グラフ(別ウインドウ)から分かるとおり、現在の双子の赤字は、もっと深刻な数字になっている。

米国経済がこれからも高成長を持続し、対外債務の返済に支障が生じないならばドルの減価は起きないかもしれない。しかし、米国の中長期的な経済成長が穏やかなものにとどまるなら、米国の対外債務は過大だ、と評価されることになるだろう。その場合、ドルの減価はいずれ避けられなくなると思われる。

景気回復減速も

ドルの減価が起きる場合、日米それぞれの経済にどのような影響がでるだろうか。

まず、米国経済。ドルが減価すれば、米国製品は海外で安くなるから、輸出が拡大する。これは、米国経済をプラスに刺激する効果である。

一方、ドルの減価は、海外から米国への資金流入を抑制する効果があるかもしれない。その場合、金利が高騰し、資金難に陥る消費者や企業が増えて、米国の景気が悪化する可能性がある。

ドルの減価には、これら2つの正反対の効果があるため、米国経済が良くなるか悪くなるか、判断することは難しい。

日本への影響の出方も複雑だ。

プラザ合意後の円高では、まず輸出産業が打撃を受けて円高不況が到来した。一方で、円高による「金余り」が土地や株の投機をあおり、80年代末のバブル経済を生み出した、とも言われる。

それから類推すると、今後、ドルの減価が起きれば、円高が発生し、一時的な輸出産業の不況と資産バブルが発生するかもしれない。

しかし、80年代と現在の日本では、決定的に違うことがある。それは財政収支の悪化だ。

80年代の日本は、財政赤字があったとはいっても、先進諸国の中で、もっとも健全な財政を維持していた。それが、現在では、先進国で最悪の財政赤字を抱える国になってしまった。

当時は経済の先行きに対して強い自信があった。現在は根強い悲観と懐疑が蔓延している。

こうしたことから、資金バブルが再来するかどうかは不確かだ。

また、ドル安は日本の財政に悪い影響を及ぼす。日本の政府部門は大量の米国債を保有しているが、ドル安によって米国債の価値は(円建てで)下がることになる。

80年代と違い、財政が最悪の現状で、米国債などの減価が起きれば、日本経済に深刻な影響を与えるかもしれない。

イラク情勢などを材料に米国では、投機資金が原油先物市場に流れ込むなど資金移動が起きている。米連邦準備制度理事会(FRB)が利上げに動くという見方もある。こうした中、ドルが一時的に高くなることもありうるが、巨額の経常赤字というドル安要因が消えるわけではない。

いずれにしても、ドルの減価は日本の輸出を抑えることは確かだろう。現在の外需主導の景気回復が、近い将来、ドルの減価によって減速するかもしれないというリスクは、念頭に置いておくべきだろう。

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2004年6月6日 朝日新聞に掲載

2004年6月17日掲載

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