経済早わかり「銀行への資本注入とは」

小林 慶一郎
研究員

りそな銀行などの持ち株会社「りそなホールディングス」が資本注入を国に申請した。自己資本が不足したためだ。なぜ、自己資本が足りなくなるのか。そして資本注入が必要な理由は何か。銀行の資本問題を考える。

特別扱いはなぜが

答えは、銀行が果たす特別な役割にある。

一般的な常識では、銀行は「お金を貸すところ」ということになるが、実は、「お金を創造するところ」なのだ。

例えば、企業が銀行に1億円借りに来たとする。このとき銀行に現金がなくても、融資することができる。企業に口座を開いてもらい、その口座に1億円と書き込むだけでよい。銀行預金は「お金」そのものだから、これで企業は1億円を入手したことになる。高校の社会科にも出てくる「信用創造」だ。

この企業が1億円の土地をA氏から買うとする。すると、1億円の名義を企業からA氏に移すだけで、現金の受け渡しなしで決済は終わる。

同じようにA氏も公共料金などを自分の口座から引き落としてもらえば現金を使わずに済む。つまり、銀行は、預金という「お金」をつくり出したのだ。

銀行が一般の事業会社や貸金業者と決定的に違うのは、この一点だ。どうして銀行を一般の企業と同じように倒産させられないのか、という理由もここにある。

銀行預金の「お金」としての信頼性を保つこと。これが銀行救済の究極の目的だ。「私企業」である銀行に政府が関与する根拠は、銀行がお金という「公共財」を創造する機関だからなのだ。

自己資本不足とは

銀行が企業に貸したお金は、返ってこないことがある。これが不良債権だ。銀行は回収をあきらめざるを得ず、損失を処理しなければならない。こうした事態に備えて銀行は自前の資金「自己資本」を十分に持たなければならず、国際ルール(BIS規制)にもなっている。その基準は、融資など、リスクある資産に対する比率で示され、国際業務を行う銀行なら8%以上、国内業務のみの銀行の場合は4%以上となっている。

不良債権の処理に伴う損失が増えると、自己資本は減る。株安が進んでも自己資本は減る。

りそなHDの場合、自己資本率は当初6%台後半を維持するはずだったが、数週間で4%未満に修正された。自己資本に組み入れられている繰り延べ税金資産が圧縮されたためだ。

繰り延べ税金資産は、銀行がすでに払った税金のうち、将来、国から戻ると見込まれるものだ。

銀行は不良債権の処理や将来の発生に備えて引当金を積む。このとき、税金も納める。引当金の積み増しで利益を圧縮する税逃れを防ぐためだ。

融資の返済を完全にあきらめて損失が生じた場合、銀行は引当金で穴埋めする。損失に税はかからないから、今度は納めた税が戻ってくる。戻し方は、その年の納税額から差し引かれる形をとる。

税金が還付されるためには、銀行が税金を納める状態(黒字)になる必要がある。

りそなの場合、当初の収益計画を下方修正し、黒字化する見通しが遠のいたために、繰り延べ税金資産として算入される額は5年分から3年分に圧縮された。

不良債権の増大、株安、収益見通しの下方修正、いずれもデフレ下での出来事だ。つまり、デフレは銀行に資本不足をもたらすと言える。

注入する理由は

資金不足には弊害が3つある。

1つは不良債権の処理をする余力がなくなり、先送りされてしまうことだ。それでも厳格に処理すれば、自己資本がゼロになり、銀行は破綻してしまうだろう。一方、不良債権処理を先送りしても、銀行は資金繰りに困ることはない。日銀の金融緩和政策で、銀行はいくらでもお金を借りることができるからだ。

しかし、実力のない企業が生き残ることで経済全体の効率が損なわれるし、銀行が支えようとして融資を続ければ、最終的な損失が膨らんでしまう。経営不振企業が減らないから企業間の取引も萎縮して不況が深刻になる。先行きへの不透明感から株安も進むだろう。

つまり、現在の状況が続くことになる。

2つ目の弊害は、自己資本比率に絡む。自己資本比率の分母は融資だった。分子の自己資本が小さくなる時に、比率を保つためには、分母も減らさなければならない。「貸し渋り」「貸しはがし」の問題だ。

3つ目は預金に対する信頼性が失われることだ。

資本不足の銀行は、いつか破綻がやってくる。この予想が預金の信頼性を動揺させる。

銀行預金への不信が広がり、家計や企業は手元に置く現金を増やし、取引でも銀行預金による決済を敬遠するようになる。実際、日銀が現金の供給を猛烈に増やしているのに、経済を循環するマネー(預金通貨)の量は増えなくなっている。

ものが売れないことに加えて預金への不信でマネーが増えにくいため、物価の下落(デフレ)が深化する。デフレ→資本不足→デフレの悪循環が発生するわけだ。

資本注入で銀行資本を増やせば、不良債権を処理する余力が生まれて、貸出先の査定を厳格にできるようになる。すると現実的な価格で不良債権を産業再生機構などに売却できて、産業再生も進むだろう。資本が充実すれば、銀行預金への信頼も回復し、預金通貨の量も増えるので、デフレを緩和する効果があるはずだ。

現状では多くの銀行に資本不足の懸念がある。銀行が投資家からお金を集める増資をしようとしても、投資家はなかなか応じないであろう。投資した資金は不良債権処理に使い切られてしますう可能性が大きいからだ。

一方で、銀行を健全化するためには、資本を増やして不良債権などの損失処理は進めなければならない。そのためにどうしても政府が公的資金を使って銀行に資本注入せざるを得ないのだ。

資本注入の方法

公的資金による資本注入の方法として、銀行からの申請を待って注入する「申請主義」と、政府が強制的に注入する「強制注入」とがある。また、資本注入に際し、銀行の経営責任を追及する、しない、の選択がある。この組み合わせで、手法は4通りとなる=表。過去の資本注入(98年と99年)は(1)になる。

強制注入について、政府が私企業に介入すべきでないとの意見が政府内にもある。しかし、目的は預金通貨という公共財を守ることであり、銀行を守ることではない。必要な政策なら銀行自身の意思に反しても実施するのが政府の責務と言える。その場合、政府が説明責任を負うのは当然だ。

また、銀行への強制注入は、銀行の株主価値を傷つけ、銀行株主の財産権の侵害になるという議論もある。しかし、預金が公共財である以上、それを供給する銀行の株主価値も、公的に評価を受けるのが筋だろう。政府は普通預金(銀行の負債)を全額保護しているのだから、銀行の言い値で株主価値が決まるわけではない。

金融審議会で、新しい資本注入制度をどうすべきか、が議論されている。強制注入の手続きも制度的な選択肢として準備しておくべきだろう。

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2003年5月25日 朝日新聞に掲載

2003年5月27日掲載

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