財政健全化の視点 構造改革通じ立て直しを

北尾 早霧 ファカルティフェロー

少子高齢化と社会保障支出増による財政逼迫は今後数十年続き、長期的なビジョンで取り組むべき課題だ。毎年の財政健全化議論での歳出の詳細な点検と税項目の見直しは非常に重要だ。一方、それだけでは対処しきれない規模とスピードで高齢化が進む(図参照)。財政規律の立て直しには、生産性向上に支えられた家計所得の上昇と、そうした経路を強化する社会保障改革が鍵となる。本稿では中長期的な成長と財政健全化を目的とした政策を論じたい。

図:老年従属人口指数
(生産年齢人口に対する老年人口の比率)
図:老年従属人口指数
(出所)国連世界人口予測、国立社会保障・人口問題研究所

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国民年金の支給開始年齢は1961年の皆年金発足時から65歳で不変な一方、平均寿命は延び続け平均受給年数は3年から約20年になった。制度を支える負担は増え続け、労使折半の厚生年金保険料は61年の3.5%から18.3%まで上昇した。医療・介護費も加わり、現役世代にこれ以上の負担に耐える力は乏しい。

標準支給開始年齢を70歳まで時間をかけて段階的に引き上げ、選択により75〜80歳まで繰り下げ可能としてはどうか。同時に定年制を含む年齢による雇用差別を禁じ、雇用流動化を促す改革を推進すべきだ。引退世代への支給額に関する議論ではなく、現役世代が直面する未来の社会保障と雇用環境に関する提言だ。

大事なのは早急に道筋を示し、個人と企業に十分な準備・調整期間を与えることだ。例えば2020年代以降、10〜15年かけて段階的に引き上げる。政策の是非を判断すべきはトレードオフ(相反)に直面する世代、すなわち実際に支給年齢が変わる現役世代と若者だ。様々なサーベイによれば、現役世代は制度の持続可能性に不安を感じ、支給削減を織り込んでいる。明確な道筋を示すことで不確実性が減れば、適切な消費と投資計画が可能となる。

経済活動の根幹は限られた資源を巡るトレードオフで、それを明示しない政策議論は不毛で根本的な誤りだ。受給年齢をX年にY歳へ引き上げることで、各世代の純負担がいくら増減するか、マクロ経済がどう変わるか。全体像を提示して選択を問うべきだ。

筆者の研究では、長期的な負担減に伴う経済活動のゆがみ縮小・生産性上昇により将来世代の満足度は改善する。年金支給年齢引き上げは高齢者の労働意欲向上につながることも明らかにされている。

一方、年金受給開始まで所得を確保できるかも重要だ。70歳まで無理なく働き年金受給に移行するのと、定年後雇用の道が閉ざされ貯蓄を食いつぶすのでは雲泥の差だ。改革と同時に進めるべきは雇用の流動化だ。より長く自立できる雇用環境をつくり、高齢者の労働意欲を阻む要因を取り除く改革が欠かせない。さもなくば生活保護などの形で給付が膨らみ続けるだろう。

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雇用者数を増やすだけでなく、働く人が各自のスキルを最大限生かすことも欠かせない。ライフステージ・健康・嗜好の変化に応じた望ましい働き方に合う仕事に就くことで、生産性は高まり貴重な労働資源を有効に活用できる。

新卒一括採用から年功序列システムに組み込まれ定年まで勤め上げて長い年金生活に移行する雇用形態は、人口構造・技術環境・財政状況のいずれの変化にもそぐわない。年功序列を理由に生産性と一致しない賃金を定年まで支払い続ける責任を課された企業は競争力を失う。年金支給年齢引き上げと同時に定年制を廃止することで、企業は適時適切な人材確保と生産性に応じた賃金設定が可能になる。

硬直的な賃金制度の下では企業利潤が拡大しても、長期間続く確証がないので賃上げをためらう。社員にとって終身雇用から離脱するリスクが大きく、深刻な人手不足下に賃金調整なしでも社員を失わないなら、賃上げする合理性は低いだろう。旧来の日本型雇用システムには、景気刺激策や景況改善が賃金上昇につながる前提となる効率的な労働市場が存在しない。

労働者にとっても、能力や適性に応じた新しい仕事を探す意欲を失い成長の機会を逃す。合わない仕事に定年までとどまるよりも、若い時期に見切りをつけて新たなスキルを習得すれば、生涯賃金は上昇するのではないか。

個々の生産性上昇なしにマクロ経済の成長は望めない。技術進歩とともに付加価値の高いスキルは日々変化する一方、個々の生産性向上が雇用機会の拡大や賃金に反映されなければ労働者の成長意欲もそがれるだろう。

新卒一辺倒の採用市場ではスキルアップした労働者が生産性の市場価値を測ることも労働の適切な対価を求めることもできない。他国に比べて起業率や新分野での挑戦が低調なのも、硬直的な労働市場では失敗時の出口が見えにくいことが背景にあるのではないか。企業が定年までコミット(関与)する必要がなければ雇用者の経験と適性に応じた採用も容易になり、中高年を含め幅広い年齢層の雇用機会が拡大するだろう。

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高齢者比率も社会保険負担も現在と比較できないほど低く、右肩上がりの労働力人口を享受した高度成長期は過去の話だ。20〜64歳人口は2000年の約8千万人から70年には半減する。戦後の成功体験の再現を祈るのではなく、成長を測る基準の転換と大規模な構造改革が必要だ。

定年制だけでなく、社会保障制度にも効率的な労働配置と生産性向上を阻む前近代的な要素が存在する。終身雇用で働く男性と専業主婦、子ども2人という「標準的」世帯はもはや標準ではない。結婚や出産を機に退職する、もしくは労働時間と所得を抑えて被扶養者となり第3号被保険者になることで、年金・医療・介護保険の負担がゼロとなる制度の意義と正当性はもはや存在しないのではないか。

労働意欲とスキルを持つ女性が存分に働く意欲をそぐ政策は早急に見直すべきだ。女性が30歳代前後に就労を抑えることで生じる「M字カーブ」の谷が緩和しても、正規雇用者の数は逆V字にとどまる。

筆者は共同研究で今世紀末までの財政を様々な仮定の下で試算した。仮に女性の労働参加率が男性と同水準となれば、40年時点で国内総生産(GDP)比2.5%の純支出減となる。正規・非正規を含む雇用形態分布および賃金も同水準となれば、さらにそれぞれ2.7%、2.5%の純支出減の効果が加わる。雇用増による総生産と消費・所得税収の増加、政府債務と利払いの抑制に加え、年金・医療・介護保険に対しても所得に応じた貢献が期待できる。

年齢・雇用形態や婚姻・扶養状態にかかわらず、すべての労働所得に対して一律の社会保険料を課し、誰もがその時々の所得に応じた貢献により制度を支える仕組みが公正かつ効率的だ。行政コストも削減され、生産性と社会保険の持ち運び自由化は労働市場の流動性を高め、労働意欲へのゆがみは縮小する。超長期的には社会保険料を個人勘定への積み立てとすることで、人口変化に動じない頑強な社会保障システムの構築と長期資本の形成につながる。

高齢化先進国日本がどう財政問題に立ち向かい、国民の幸せと成長を目指すか、諸外国も大いに注目している。

家計所得、生産性、財政規律の各項目で改善の余地があるため、筆者は将来を過度に悲観していない。その一方で、政策は成長を十分に後押しできていない。長期的なビジョンを基に成長を阻む制度を改め、生産性向上を目指す大胆な構造改革を急ぐべきだ。

2018年6月14日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2018年6月22日掲載

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