経済論争 この10年

05 ゼロ金利と日銀

小林 慶一郎
RIETI研究員

デフレ不況を日銀の金融緩和施策で解決すべきだという議論は、民間のエコノミストだけでなく、欧米を含めたマクロ経済学者にも根強く支持されてきた。

この議論には、1930年代の大恐慌で、米国の中央銀行である連邦準備制度の政策が大失敗した苦い経験が関係している。

大恐慌の初期、デフレが進んで銀行破綻が続発する中で、連邦準備制度は金融引き締めを行った。その結果、収拾のつかない大恐慌が引き起こされた、と考えられている。大恐慌が現代のマクロ経済学にもたらした最大の教訓である。

この教訓はマクロ経済学者の本能に刷り込まれている。だから今日の日本でデフレと銀行危機が進むと、特に米国のマクロ経済学者から「大恐慌の失敗を忘れるな。中央銀行が景気回復のために何とかすべきだ」という意見が出てくる。

しかし、大恐慌と現代日本の長期不況では、金融政策の環境に大きな違いがある。それは、いまの日本は名目金利がゼロの状態になっている点だ。通常、中央銀行による金融緩和政策は、名目金利の引き下げである。ところが、名目金利がゼロなら、それ以上の金利引き下げはできない。

景気回復のために日銀が金融緩和をしたくても、通常の手段では、金融緩和ができない状況に追い込まれているのだ。

その点、大恐慌当時の米国は違った。当時の米国では、名目金利はプラスだったので、連邦準備制度が金利引き下げをやろうと思えばできた。大恐慌当時の連銀が非難されるのは、「やろうと思えばできた金利引き下げをやらなかった」からなのだ。いまの日銀は「やろうと思ってもできない」のだから、同列には非難できない。

伝統的なケインズ経済学では、名目金利ゼロの状態は「流動性の罠」と呼ばれ、中央銀行の金融緩和政策は景気回復の効果を失う、とされてきた。流動性の罠の状態では、金融緩和よりも政府の財政政策の方が有効だ、というのだ。

それでも日銀に「何とかしろ」という意見が強いのは、政府の借金が増えすぎたので、財政政策をこれ以上続けられない、という現実のためだ。政府の政策は限界だから、日銀が何とかしてくれ、というわけだ。

近年、この現実を追いかけるように、経済学界では「ゼロ金利でも金融緩和によって景気回復できる」という理論がいくつも提案された。金融政策で国民がインフレ期待を持てるようにすれば、デフレから脱却できる、という議論だ。

しかし、期待の操作やゼロ金利の下での政策の有効性について確実なことはいえず、こうした理論はそのまま現実に当てはめることは難しい。理論はまだ発展途上である。

インフレ期待をつくるための実際の政策提案も、「効果が出るまで日銀が株や土地を買い続けるべきだ」というものだ。すでに論じたように、「効果が出るまでやれ」という提案は反証不能で、およそ節度ある議論とはいえないだろう。

インフレによる問題解決は、不良債権などの損失を国民全体に広く薄く課税して解消することと同じだ。失敗の責任をあいまいにしたいなら、インフレは好都合なのだ。インフレ政策の人気には、こうした願望が背景にあるのではないか。

2004年4月15日 『朝日新聞』に掲載(全8回)

2004年4月27日掲載

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