経済論争 この10年

03 景気対策

小林 慶一郎
RIETI研究員

過去十数年、公共事業など財政出動による景気対策がほぼ毎年繰り返された。総額で100兆円を超える事業規模だといわれる。

90年代以降、景気対策が繰り返されたため、不況のときには財政出動をする、というのが日本人の常識になった。しかし、現在の景気回復は、特別大きな財政出動を実施していないのに自然に起きている。

では、そもそも不況期に景気対策をする根拠はなんだったのだろうか。

財政政策は、ケインズ経済学に基づいている。不況でモノが売れなくなったときに、政府が公共事業を増やしてモノを買うようにすれば、不況の悪影響を緩和できる。また、政府の購入量が非常に大きければ、それが「誘い水」になって、民間経済も活発化する。

この考え方が、日本の不況対策の根底にあった。

そして、この「誘い水」論の考え方からすれば、財政出動は、1回か2回だけ行えば十分な効果を持つはずだった。

実際、バブル崩壊直後に景気対策をおこなった政策当局者も、「必要な景気対策はせいぜい1、2回」と考えていた。

ところが現実は、財政出動の効果が薄れると景気がすぐに失速する、という繰り返しだった。結局、政府は毎年のように財政出動を続けざるを得なくなった。 この事態は、あきらかにケインズ経済学の想定に反している。教科書の想定では、一時的に誘い水を与えれば、景気は自発的に回復するはずだったからだ。

そこで、バブル後の不況は、普通の不況ではなく、何らかの構造問題によるのではないか、という見方が強くなった。

そうした考えの論者たちは、財政政策だけに頼り続けることに反対し、むしろ構造問題の解決を訴えた。財政政策は、しょせん「痛み止め」に過ぎず、病気を根治するには、構造改革という手術が必要だ、という考え方だ。

これに対して、財政出動派は、もっと巨額の財政出動を一挙におこなうべきだと主張するようになった。分かりやすく言えば、「財政政策の効果が得られないなら、効果が出るまでいくらでも財政規模を増やすべきだ」ということだ。

これはケインズ経済学の想定を逸脱した主張で、学問的に正当化するのは難しいだろう。

そもそも「効果が出るまでやるべきだ」という主張は反証不能で、どんな政策提案でも正当化できる。たとえば、「不良債権処理を、景気が回復するまでどんどんやればよい」という主張も反証不能だ。景気が回復しなければ、不良債権処理が足りなかったからだ、と言い訳できる。

つまり、財政政策が効かない現実の前で、財政政策派は、かなり無理な理屈をつけざるを得なくなった。

しかし、財政出動論は、いまだに根強い人気がある。それは、経済論争の中で説得力があったというより、公共事業に依存する企業などの声を反映している。政府が景気を回復させるべきだという考えの根本には、日本人に伝統的な「お上頼み」の意識もあるだろう。

日本では、ケインズ経済学の考え方の一部だけがつまみ食いされて、日本人の政府依存症を正当化し、助長する道具にされてきたといえるかもしれない。

2004年4月13日 『朝日新聞』に掲載(全8回)

2004年4月27日掲載

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