けいざいノート

金融恐慌はとめられるか

小林 慶一郎
RIETI上席研究員

先週の主要7カ国財務省・中央銀行総裁会議(G7)での合意を受け、欧州各国と米国が相次いで主要金融機関に対する公的資金による資本注入計画を発表した。米欧で計約50兆円に及ぶ資本注入である。これを好感して株価は一時大きく上昇したが再び暴落し、乱高下している。資本注入や銀行間債務への政府保証だけでは市場の不安は容易に払拭できない。

10年前の日本の金融再生の経験や他の国々の金融危機の事例を踏まえると、次の3つの政策を体系立てて実施することが重要だ。

第1は、特別な検査当局を創設し、金融機関の不良資産を徹底的に厳格査定することである。厳しい資産査定で引き当てをさせ、金融機関の資本が不足したら、そこに十分な量の資本注入を行うのである。現在、欧米各国の資本注入が市場の信頼を回復できない理由は「まだ不良資産が隠れていて、資本注入が不十分なのではないか」という市場の疑心暗鬼を払拭できないからだ。厳格査定でこの懸念を打ち消してから資本注入する必要がある。

ただし、かつての日本では、厳格査定といっても担保不動産の価値を査定すればよかった。だが今回の金融危機で問題になっているのは、複雑な金融工学を駆使した証券化商品である。その価値を素人は査定できない。破綻したリーマン・ブラザーズなどの金融工学技術者を検査当局が大量に雇用し、証券化商品の解析を行う検査態勢を作るべきだろう。いわば、金融工学版のリバース・エンジニアリング(他社の製品を分解してその設計を分析する手法)で査定するのである。

欧米では、「時価会計を一時停止して、資産査定を甘くしよう」という議論が出て、日本にも追随の動きがある。だが日本の経験からは、資産査定を甘くして損失処理を遅らせても、市場のパニックを一時的に沈静化することはできるかもしれないが、根本的解決を遅らせるだけである。

第2は、特別な不良資産買い取り会社を創設し、厳格査定をさせた民間金融機関の不良資産を買い取ることである。その資産価値が安定したときを見計らって、ゆっくりと資産を売却し、処理するのである。日本の整理回収機構や産業再生機構のような機関だ。

不良資産を厳格査定して、そのまま市場に放出されると、資産価格の暴落は一層激しくなってしまう。資産価格が下がれば、ますます金融機関の持つ資産の価値が下がり、含み損が膨らむ。この悪循環をとめるために、過去の各国の金融危機では、不良資産買い取り会社が設立され、金融危機による不良資産の投げ売りを防止したのである。今回も、欧米諸国は、早急に資産投げ売りのクッションとなる不良資産買い取り会社を設立すべきだろう。

第3は、グローバルな枠組みの必要性だ。金融危機の処理コストは、グローバルな金融市場が相手の場合、一国では一時的に負担しきれない場合がある。

金融危機対策の財政コストが米国では200兆円を超えるのではという報道もなされているが、巨額の金融危機対策費の出費が続けば、米財政への信頼が失われるかもしれない。米国の財政悪化は国際価格の下落(長期金利の上昇)を招く。住宅ローンや中小企業の借入金利が連動して上昇する。結果、公的資金で金融機関を救済しても、米国が深刻な不況になって金融危機が再発する負のスパイラルになりかねない。そうなれば損失は米国にとどまらず、日本を含め世界中の国々が甚大な経済的被害を受けることになるだろう。

これをとめるには、豊富な外貨を持つ中国などの新興国や中東産油国などの資金を集めて、金融危機の処理に苦しむ国に、一時的に危機対策の費用を融資することが有効だ。しかし、国対国で直接に融資するのは無理がある。グローバルな政策協調の枠組みとして、国際基金を創設し、これを経由して融資することを検討すべきだ。日本がG7で提案した国際通貨基金(IMF)の新型融資と共通する発想だが、融資対象は、むしろ米国など主要国も含めて考える必要がある。

金利の低い国が国債を発行して資金を得て、それを基金経由で米国に貸し付ける。そうすれば全世界的なコストを劇的に軽減できるはずだ。例えば日本も、国内で財政出動ができるのなら、その資金を米国の金融対策費に貸し付ける方が、世界と日本経済の安定に役立つのではないだろうか。

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2008年10月18日 「朝日新聞」に掲載

2008年10月31日掲載

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