けいざいノート

自民党の経済論争

小林 慶一郎
RIETI上席研究員

自民党総裁選では経済政策についての論争が華やかである。おおよその違いで分類すると、麻生太郎氏は、財政出動による景気対策を主張し、財政再建は先延ばしすべきだとする「財政出動派」。与謝野馨氏は、財政健全化のための増税を主張するとともに、短期的な財政出動には理解を示す「財政再建派」。石原伸晃氏、小池百合子氏は、構造改革の続行と歳出カットで財政健全化を目指す「上げ潮派」、石破茂氏は3者の中間的な立場と見ることができる。

3派が三つどもえで経済政策を議論しているが、そもそも、なぜ、三つどもえの構造ができたのだろうか。

しばらく前までは、「財政再建派」と「上げ潮派」の対立が主要な対立軸だった。「財政出動派」はほとんど存在感がなかった。

ところがいまでは、「財政出動派」と「財政再建派」が景気対策を巡って論争し、両派の駆け引きと妥協に関心が集まった。「上げ潮派」は、議論の埒外に追いやられつつある。

論争の構図の変化は、単に景気悪化が鮮明になってきたために起きたのだろうか。景気悪化に財政出動で政治が対応するというのは、90年代に繰り返された。しかし、過去十数年の経験では、財政出動はほとんど効かなかった、というのが多くの論者の共通認識だろう。だからこそ、小泉政権以降の構造改革路線が必要とされたわけだ。90年代の米国の好況は財政再建によって生まれたといわれ、景気のためにも財政健全化を進めるべきだという議論が支配的になった。

財政出動論が、なぜいま息を吹き返しているのか。

答えは、景気悪化の原因が、今回はこれまでと違うから、ということである。

90年代の不況は、不良債権問題など、日本経済の内部にあった構造問題が原因の「内発的」な不況だった。ところが、今回の景気減速は、資源や食糧の輸入価格が急に高騰するという「外発的」な問題である。いまの状況は、外国から急に輸入税を課せられたようなもので、経済の供給構造にもゆがみが発生している。

もし、資源などの価格高騰が一時的な問題ならば、財政出動でコスト高の痛みを緩和する、という政策は短期の政策としては正当性を持つ。財政で供給構造のゆがみを正せるからだ。

これが、財政出動論が今回、勢いづいている理由のひとつであろう。

また、「財政再建派」は増税によって社会保障を充実させようという考え方であり、「大きな政府」で所得配分をする政治を志向する。「財政出動派」は、景気回復のために政府が財政を使って経済に介入するべきだという考えであり、これも「大きな政府」志向といえる。財政出動派と財政再建派の議論は、意外に親和性が高く、政策面の調整や妥協が図りやすい素地があるといえる。

一方、「上げ潮派」は、歳出カットを主眼に置き「小さな政府」を目指す。この点で、他の2派との間には大きな思想的断絶があるということもできる。

外発的な資源食糧の価格高騰によって景気が悪化しつつあるなかで、財政出動派と財政再建派の議論が中心となり、思想的に距離のある上げ潮派が取り残された、という構図といえよう。

短期的な景気問題については、このように整理できるが、長期的に日本経済が健全に成長する方がよいという点については、3派とも共通の認識を持っているはずだ。長期的に成長率を上げるのは、活発な市場競争による民間企業の技術革新であることは間違いない。したがって、格差是正などにもっと目配りしつつ、長期的には、構造改革を進めることが必要であることは確認しておきたい。

ちなみに、「上げ潮派」が経済成長に効果を持つと考える金融緩和政策が、なぜ最近の論争ではあまり話題に上らないのだろう。

おそらく答えは米国のサブプライム金融危機だろう。これまで「財政健全化と金融緩和」が景気を良くする公式と言われたが、それはグリーンスパン時代の米国経済から導かれた教訓だった。米国の金融危機でその通念は崩れつつある。

金融緩和で好景気が続く、と思ったら住宅バブルが起きて、バブル崩壊で米国は金融危機に陥った。このままでは米国経済は深刻な不況に入る可能性が高い。そういう意味で、金融緩和政策が好況と高成長をもたらす、という見方は神通力を失いつつあるのではないだろうか。

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2008年9月20日 「朝日新聞」に掲載

2008年10月31日掲載

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