最近まで高騰していた原油価格は今月に入って下落に転じ、かわりにドルが一時的に急騰するなど、世界の金融市場では神経質な動きが続いている。投資資金は次のバブルを求めてさまよい続けているようだ。
不安定な市場の根底には、米国の住宅バブルの崩壊による金融機関の経営危機という問題がある。
米国の平均住宅価格は、06年6月をピークに下落が続く。最近は下げ止まりの兆しが見えるといわれるが、日本の土地バブル崩壊の経験が示すように、いったん「土地神話」が崩れたら、どこまで住宅価格が下がるか誰にも分からない。
住宅価格が下落すると、住宅を担保にした貸し出しは不良債権化し、金融機関の自己資本を目減りさせてしまう。これが、米国の金融危機の原因である。米国の金融機関は、最新の金融技術で住宅貸し出しを証券化して投資家に売りさばいていたので、危機の前には、リスクは分散されていると思われていた。だが、実態は金融機関にリスクが集中していたわけである。
予想は難しいが、住宅価格の下落が続けば、米国の実体経済も徐々に悪化し、投資銀行や銀行も自力で資本増強できなくなる。かつての日本と同じく、政治的な曲折を経て、公的資金による資本注入が行われることになるだろう。
また米国は景気下支えのために、金利を下げて金融緩和を続けているが、それも今後も相当続くだろう。
*
低金利政策や金融セクターへの公的資金投入による財政悪化はドル安を生む。07年夏以降、ドルは他の通貨に対してかなり下落している。大きな流れとしてはドル安がさらに進んで、米国の内需が縮小し、輸出競争力が高まって、貿易収支が好転することで、いわば輸出主導で米国の経済回復が進むと思われる。
その結果、世界経済で何が起きるだろうか。
現在のドル安はドルに連動している中国や中東産油国の通貨も割安にし、それらの国々でインフレ圧力をもたらしている。また、原油などの高騰は、産油国の景気過熱を助長し、インフレ圧力をさらに高める。
過度のインフレは、貧困層や若年層の生活を悪化させ、格差、民族問題、テロなど社会不安につながる。
一方、たとえば中国がインフレを抑えるために金利を引き上げ、人民元の切り上げを行えば、中国の景気には急ブレーキがかかる。そうなれば一時的には深刻な不況になる可能性もある。現在、すでに上海の株価が暴落しており、中国経済の先行きには懸念が広がっている。
要するに、米国の金融不安とドル安が急速に進むと、中国などは、インフレによる社会不安か、通貨切り上げによる急な不況か、という選択を迫られることになるだろう。世界の市場が混乱する限り、痛みのともなう調整が必要になる。
このまま金融危機が深刻化するなら、調整をソフトランディングさせるため、通貨面でのなんらかの国際協調を考える必要が出てくるのではないだろうか。
*
思考実験として、経済が過熱する中国や産油国の外貨準備(公的資金)を、日本のファンドや国際的な枠組みを経由し、米国の金融機関への資本注入に使う、という政策を考えてみる。
資本不足になった米銀に投資することだけをとれば、中国は短期的に大損をすることになる。しかし次のように全体状況を考えると割が合うかもしれない。
外国からの投資で米国の金融機関が資本増強されれば、市場は安定し、その分、米国の財政悪化も避けられる。ドルの下落スピードも緩やかになり、中国が直面する人民元の切り上げ圧力も軽くなる。その分、国内の構造調整に充てる時間が稼げることになり、社会不安や民族問題が急に悪化することを避けることができる。
つまり、中国は米国の金融システムに補助金を支払うことで、国内調整を緩やかに進めるための時間を得て、社会不安のコストを軽減できるかもしれないのである。また、補助金といっても米銀への資本注入なのだから、10年単位の超長期でみれば、投資収益は適度に得られるはずだ。
こうした考えは、一見、荒唐無稽かもしれないが、世界経済が非常事態に陥るような場合には、平時には考えられないような大胆な政策の枠組みを作ることが求められる。いまからそうした事態に備えて構想を練っておくことが必要なのではないだろうか。
筆者および朝日新聞社に無断で掲載することを禁じます
2008年8月30日 「朝日新聞」に掲載