今回の原油高騰は、長期的な構造要因と、(おそらく短期的な)金融要因の2つが絡み合って起きている。
もともと中国やインドの急激な経済発展にともなって、原油などの資源価格に対する上昇圧力は高まっていた。04年から需給はさらに構造的に悪化し、ここ4年ほど原油価格は上昇のトレンドが続いていた。
そこに、昨年夏以降の金融不安が重なった。サブプライムローン(低所得者向けの住宅融資)の焦げ付きによって、米国の金融機関は多額の不良債権を抱え、経営不安に陥っている。
今年春には大手投資銀行のベアー・スターンズが実質的に破綻し、さらに今月になって、米国の政府系住宅金融会社2社を政府が救済する事態になった。必要に応じて緊急融資と公的資金の注入を行うという。
米国の金融不安を受け、米国経済(特に住宅)に投資されていた大量の投資資金が原油や穀物の市場に流入し、原油と食糧の価格を急激に押し上げている。
金融不安が、ここ数カ月の急激な高騰の引き金になっていることはおそらく間違いない。その解決には米国の金融システムが一刻も早く健全化されることが必要だ。住宅金融会社の救済を皮切りに、この夏から米国の金融界はさらなる大変動に見舞われるだろう。混乱は短くて数カ月、長ければ数年続く。金融の混乱が収まって投資資金の流れが正常化するまでは、原油価格も不安定な動きが続くと覚悟しなければならない。
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その間に日本にできることは、なんだろうか。
原油などの価格変動に対して耐性のある経済構造になるように経済の体質改善を進める。そして、短期的な価格変動の悪影響を緩和する政策をとるしかない。
ガソリン価格の高騰や漁船の一斉休漁など、原油コストの上昇は日本経済に深刻な悪影響を与えている。今回の最大の特徴は、原油高は日本経済の外からやってきた問題であり、90年代の長期不況のような内発性の問題ではない、ということだ。いってみれば、原油や食糧に対して急に外国から「税金」をかけられたようなものである。
こういう外発性の問題に対しては、短期の政策として、価格変動の影響をならしてスムーズにする財政政策は正当化されるかもしれない。つまり、異常な高騰が続く間に限って石油やガソリン関連の税を減税したり、燃料費への補助金を出したりして、生産者や寒冷地の家計を助ける、その後価格高騰が収まったら増税して長期的にコストを平準化する、という政策だ。
しかし、米国の金融混乱による異常な価格高騰が収まっても、原油価格が長期的に上昇する、という構造問題は続いていく。
価格上昇にともない、日本から資源国への所得移転は増えていくだろう。その資金を日本にどうやって還流させるかが課題だ。資源国にとって魅力的なビジネスを日本国内で発展させ、オイルマネーの投資を呼び込むような産業構造をつくることが必要だろう。
また、原油高で日本の輸入品の価格が上昇しているのに、その分を輸出品に適正に価格転嫁できていない、という構造問題もある。
環境技術やブランドを付加価値として輸出し、適正な価格転嫁ができる産業構造にしなければならない。
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これらの課題は、新しい「構造改革」が必要であることを示している。これまでは無駄を削り、腐敗を排するという意味での改革だったのに対して、これからの改革は環境制約とエネルギー制約に適合した新しい技術と付加価値の体系を建設することが課題だ。
政策手法もこれまでの構造改革とは異なるものがいるのではないだろうか。たとえば、政府支出を切り詰めるだけでなく、インフラ整備などに対して戦略的に財政を投じることも考えなければならない。
世界的には、今回の金融危機でドルの凋落が現実のものになるかもしれない。
一方、軍事面では、これからも米国は世界で唯一の超大国であり続ける。それは、世界経済の中で、最終決済を保障する物理的な力を米国が独占し続けることを意味する。
通貨と軍事の覇権が分裂する不安定な時代がやってくるおそれがある。
通貨面で、日本や欧州をはじめとする主要国がドルを支える国際通貨制度(現在の協調体制を抜本的に強化し、各国がもっと重い責任を担う体制)を作ることが必要となるのではないだろうか。
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2008年7月26日 「朝日新聞」に掲載