けいざいノート

Jパワー株問題

小林 慶一郎
RIETI上席研究員

Jパワー(電源開発)の株主総会が終わり、筆頭株主の英系投資ファンドと会社側の今回の対立は、会社側の勝利で決着した。

問題は、外資ファンド、「ザ・チルドレンズ・インベストメント・マスターファンド」(TCI)が、Jパワーの株式を買い進めたことから始まった。公益事業者の株式を外資が10%以上取得する場合、外国為替管理法に基づく届け出が必要になる。日本政府は、TCIからの届け出を認めず、株式買い増しの中止命令を出した。

TCIは、Jパワーに対して株主の収益をもっと上げるように要求し、その要求を通すために株式を買い進めようとした。しかし、TCIの要求は、公の秩序の維持を妨げるおそれがある、と政府は認定したのである。

問題は、Jパワーが進めている大間原子力発電所の建設計画が頓挫しかねない、という点だった。TCIが求める収益を出すには、大間原発の設備投資計画を撤回せざるを得ない。それは政府の原子力政策・核燃料サイクル政策に反する。だから、TCIの行動は公の秩序を脅かす、と政府は判断して外為法で介入した。

結局、短期の収益を求める外国人株主と長期の「公益」を求める政府の利害が対立したのだ。

政府の判断は、法律の適正なプロセスにのっとって下されたものだ。電力事業についての外為法の規制は1976年からある。TCIの要求が出てから新しい規制をかける「後出しジャンケン」ではないのだ。TCIは外為法のリスクを知っておくべきだった、とも言える。

また、Jパワーの経営は日本のエネルギー安全保障や原子力政策の機微に関わる問題である。この点をTCIが十分に考慮していれば、もっと慎重な投資行動をとれたかもしれない。

しかし、公開企業であるJパワーに投資しただけの外資に、日本の電力業界の常識を持つよう求めるのはあまりに酷ともいえる。

TCIが電力関係の法令をいくら研究しても、政府の決定を予想できなかったかもしれない。原子力政策は官民の境界できわめて微妙なバランスをとりながら運営されている。明文化されたルールも少ない。長年の時間をかけて政府や電力業界の内部事情に詳しくならなければ、外資が業界の相場感を理解することはできないだろう。部外者にとっては、電力への投資は非常に不透明でリスクが高い、ということになる。

投資家に通常の努力では予測できないほどのリスクを背負わせるなら、日本市場は公正な市場とはいえないだろう。

また、問題の本質は、外資と日本の関係ではないのである。

収益を求める一般投資家が電力事業に投資するときに、公益をどうやって守るのか、という問題は、外為法では解決できない。

たとえば、日本の投資家が政府の方針と対立したらどうなっただろうか。かつての村上ファンドのような日本のファンドがJパワーに投資し、高い収益を求めてきたら外為法ではどうしようもなかったはずだ。

今回、たまたま外為法が規制手段として使われたことが問題の本質を覆い隠している。本質は、公益企業の「公益性」との関係を明確に整理できていなかったという点にあるのではないだろうか。

つまり、外資も含めた投資家にわかるように、Jパワーが守るべき公益性を明確に定義し、法令に書き込んでおくべきなのだ。

時として株主の私的利益を犠牲にすることもあるのが公益だ。それを守るには、株主に対して規制をかけるしかない。そして、日本市場の開放性を高めるためには、その規制は、業界の内輪でしか通じないような不透明なものであってはならないだろう。投資家にわかる明確な規制にする必要がある。そうでなければ、そもそも公益企業の株式を市場で公開するべきではなかったのではないか。

Jパワーの場合、原子力政策の方向性やその公益性を、外国人にもわかるように示す、というのは非常に難しいのかもしれない。しかし、守るべき公益を投資家に明示できないままで「不透明な政府介入」という印象が強まるのは、日本経済にとって良いことではない。

株式を公開している公益企業が守るべき公益とは何か。投資家は公益企業の経営にどこまで介入できるのか。ふつうの投資家に分かる明確なルールを作ることが求められている。

筆者および朝日新聞社に無断で掲載することを禁じます

2008年6月28日 「朝日新聞」に掲載

2008年10月31日掲載

この著者の記事