マサチューセッツ工科大学(MIT)のデイビッド・オーター教授(David H. Autor、1967年生まれ)は、2015年に発表した論文「なぜ依然として多くの仕事が存在しているのか? 職場のオートメーション化の歴史と未来(邦訳)」(注1)において、積極的な情報化投資による経済格差発生メカニズムを明らかにした。すなわち、情報通信技術の進歩により、「これまでもルーティン業務が機械に代替されてきたが、これからもルーティン業務が機械に代替される」と、「雇用の質」「雇用の構造」が変わっていくことにより経済格差が生まれることを明らかにした。
だがそうした日本でも、銀行業界では既に動きが現れている。来春卒業の大学生の就職活動で、メガバンク3社で一般職を合計900人の採用減、みずほフィナンシャルグループでは一般職は約7割減とのことである(注2)。またメガバンク3行は、今後、AI導入を進めることで計約3万人規模のリストラをすると発表している。銀行業界は、最近実用化された人工知能「RPA(Robotic Process Automation)」の導入を急速に進めており、高スキルのルーティン業務の代替を急いでいる。
日本では、ルーティン業務が、今でも米独に比べて多く存在していることがわかっている。De La Rica・Gortazarの研究論文で、定型業務集約度を表す「RTI(Routine Task Intensity)」の指標の数字が大きいほど、依然として国内にルーティン業務が残っていることを示している。日本は+0.26、ドイツは▲0.12、米国は▲0.39である(注3)。すなわち、米国の国内には、ほとんどルーティン業務が残っていないが、日本にはまだまだ多くのルーティン業務が残っていることがわかる。
2018年度の経済財政白書は、上述のDe La Rica・Gortazar論文を用いて、分析を行っている。図4で、OECD各国を比較すると、日本はRTIがOECD平均よりも高く、依然として国内に「定型業務」が残っていることが示されている。そして、仕事でITを使う頻度もまた、OECD平均よりもかなり下にあり、ドイツや米国よりも低いことが示されている。またこの図からは、仕事でITを使う頻度と国内に定型業務が残っている度合いとは負の相関があることがわかる。すなわち仕事にITを使わないから、定型業務が依然として残っているといえる。
出典:DAVID H. AUTOR, FRANK LEVY and RICHARD J. MURNANE(2003), the President and Fellows of Harvard College and the Massachusetts Institute of Technology, "THE SKILL CONTENT OF RECENT TECHNOLOGICAL CHANGE: AN EMPIRICAL EXPLORATION", The Quarterly Journal of Economics, November 2003
①
「ルーティン業務の事務職」では、AI技術が進歩するにしたがって、AIに代替されていくので、減少が続く。AIに代替される職は、より高度なスキルを求められる職まで拡大していく。一方、コミュニケーションや対人関係を必要とする職では、従来どおり雇用が増加するが、AIの進歩とともに、やがてスキルが低い段階から順次、機械に代替されていく可能性がある。
②
スキル度が低レベルの職では、技術進歩により、単純作業など一部の作業(タスク)が次第に機械に代替されていく。例えば、ビルやトイレの清掃員では、床を磨く清掃機や床を一気に乾燥させる大きな送風機などが実用化され、人間は次第に重労働から解放されてきた。だが、人間を100%代替できるようなロボットはまだ開発されていないため、清掃すべきビルやトイレが増えるにしたがって雇用者数自体も増えてきた。だが、機械に代替される比率が、10%、20%、・・・・などと増加し、ある日、人間が100%機械に代替される日が必ず来る。そのときを境に、雇用者数は、増加から減少に転じる。
①
第4次産業革命という新しい時代を牽引し、世界とのグローバル競争に勝つためのリーダーの育成である。
②
人間でなければできない仕事を担う人材の育成である。具体的には、過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替されていくので、①過去に前例のない事柄や新しい創造的な仕事に取り組める人材、②デジタル機器を使いこなして、データ分析をしたり、科学的な経営のサポートをする人材、③コミュニケーション能力・対人能力を持った人材、④常に人工知能AIを最新版としておくために進んだAI技術を取得しておく人材が、今後必要とされている。大きな変革の時代にあっては、過去の前例や経験だけでは将来を議論できない。そもそも過去の前例を「学習」し判断するといった過去の前例の延長線上にある判断やルーティン業務はAIに代替可能な業務なので、そこは機械に任せて、新しい未知の時代を切り開くスキルを持った人間が必要になってくる。
約3年ほど前から人工知能の深層学習(デイープラーニング)分野で、GAN(Generative Adversarial Network)と呼ばれる技術が急速に発展している。人間の感性に基づく仕事(例えば、芸術家の感性を活かしたアート家具など)も大部分は繰り返しのなかから生まれていることが多いことから、この分野の仕事も人工知能が行うことができるようになりつつある。そうすると、近い将来、本当に人間が担うべき仕事は、益々高スキルが求められるようになる。
③
日本はこれまで現場の熟練作業員を大切にしてきた歴史があり、今、現場に導入しつつある新しいシステムも、彼らを最大限活かす内容となっている。新しいシステムは、基本的には「見える化」までであり、データを見て、対策を考えるところは依然として熟練作業員が担っている形となっている。だが、現場では、過去の前例を「学習」し、計測されたデータを見て、判断するといった過去の前例の延長線上にある作業は、遅かれ早かれやがてAIに代替されていく。現在、熟練作業員が担っている業務の多くが機械に代替される日はすぐそこまで来ている。ドイツでは、ものづくりの現場を支えてきた熟練作業員をどうするのか、深刻な課題として捉えられている。新しい技術が導入された際、これまでの古い技術の下で働いていた労働者の雇用を守るため、新しい技術の下で働けるよう、再教育・再訓練する必要性の認識が高まっているのだ。日本でも、まだ熟練作業員が働く意欲満々のところに、彼らに代替可能な人工知能が発達してきたら、一体どうするのか、考えておかないといけない。
^ David H. Autor, "Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation," Journal of Economic Perspectives, Volume 29, Number 3, Summer 2015
^ Sara De La Rica and Lucas Gortazar, "Differences in Jobs De-Routinization in OECD Countries: Evidence from PIAAC," Discussion Papers No.9736, 2016, IZA , Bonn Germany.
参考文献
岩本編著(2018), 『AIと日本の雇用』, 日本経済新聞出版社, 2018年11月
岩本・田上(2018), 『人工知能AI等が雇用に与える影響;日本の実態』, RIETI Policy Discussion Paper Series, 18-P-009, 岩本晃一, 2018年5月
岩本・波多野(2017), 『IoT/AIが雇用に与える影響と社会政策 in 第4次産業革命』RIETI Policy Discussion Paper Series, 17-P-029, 岩本晃一, 波多野文, 2017年8月
Arntz, M., Gregory, T., & Zierahn, U. (2016)." The Risk of Automation for Jobs in OECD Countries: A Comparative Analysis". OECD Social, Employment and Migration Working Papers, 2(189), 47-54.
Autor, D. H. (2015). "Why Are There Still So Many Jobs? The History and Future of Workplace Automation." Journal of Economic Perspectives, 29(3), 3-30.
Bessen, J. (2016). "How Computer Automation Affects Occupations : Technology , jobs , and skills", (15).
Enzo Weber et.(2016), "Economy 4.0 and its labour market and economic impacts", IAB-Forschungsbericht 13/2016, 27 December 2016
Frey, C. B., & Osborne, M. A. (2013). "The future of employment: how susceptible are jobs to computerization?, " 1-72.
Lorenz, M., Rüßmann, M., Strack, R., Lueth, K. L., & Bolle, M. (2015). "Man and Machine in Industry 4.0". Boston Consulting Group, 18.
OECD. (2016). "Automation and Independent Work in a Digital Economy". POLICY BRIEF ON THE FUTURE OF WORK - (Vol. 2).
The annual report of the council of economic advisers (2016) "Economic report of the president". (米国経済白書)
Wee, D., Kelly, R., Cattel, J., & Breuing, M. (2016). "Industry 4.0 after the initial hype-Where manufacturers are finding value and how they can best capture it."
Federal Ministry of Labour and Social Affairs (2016).. "White Paper Work 4.0". November, 2016.
World Economic Forum. (2016). "The future of jobs: Employment, skills and workforce strategy for the fourth industrial revolution". Geneva, Switzerland.
Working Group [2013], "Recommendations for implementing the strategic initiative INDUSTRIE4.0", Final report of the Industrie4.0 Working Group, April 2013