IoT, AI等デジタル化の経済学

第190回「AIが人間の『補完』から『代替』に変化するプロセス(1)」

岩本 晃一
リサーチアソシエイト/立命館アジア太平洋大学

はじめに

エンジンやモーターなどの動力を用いた駆動機械は、これまで人間の肉体労働を代替してきた。その代替スピードは遅く、社内の配置転換により大部分の雇用が守られ、職を失った人数をはるかに超える新産業による雇用創出があり、また重労働からの解放との面もあったため、総体的には比較的スムーズに、機械が人間社会の中に普及拡大していった。

人工知能(以下、AIという)を用いた機械は、人間の頭脳労働を代替するものであるが、ほぼムーアの法則に従って技術発展するため、例えば通訳・翻訳のように、代替スピードが速い。だが、他の職種への移転が代替スピードに追いついておらず、かつ現時点で大きな雇用吸収力を持った新しいAI産業が依然として出現していないため、雇用に対する社会不安が起きている。

人間は今後、AIと共存しなければならない。まだAI技術は初歩的で、人間の頭脳労働とAIとの間で役割分担する「補完」の関係であり、人間は、これまで人海戦術で行ってきたような大変な作業から解放され、自身は創造的業務に特化し、また残業せず定時で退社できるなどの段階である。

だが、やがてAI技術がさらに進化すると本格的にAIが人間を「代替」する時代に入る。そのような時代を迎える前に、どのような対策をすればよいか、今から検討しておくことが大切である。

2 われわれが当面直面する波

AIが人間の頭脳労働を代替する前に、当面われわれが直面する「生成AIが雇用に与える影響」の大きな3つの波がある。

  1. 生成AIを使いこなせない人が、労働市場からはじき飛ばされる
    かつてパソコンが1人1台配布されたときに発生した問題と同じ現象が起きる。
  2. 雇用減の前に賃金低下の現象が発生
    通訳者は、仕事がないよりはまし、と低価格でも仕事を請け負うようになっている。
    生成AIにより、平均的な執筆スキルを持つ人々が、論文や記事を書くことができるようになり、ジャーナリストの賃金が低下する。

    かつて、米国において、GPS技術とウーバーが出現したとき、タクシー運転手が全ての道を知っていることの価値が下がり、その結果、既存のタクシー運転手は大幅な賃下げを経験したという事実がある。
  3. デジタルに関する高度な知識を持つ専門職に対する需要が急増
    データサイエンテイスト、サイバーセキュリティー専門家などの賃金が高騰する。

3 人間の日常生活に大きな影響を及ぼす技術革新の大きな流れ

人間のライフスタイルに大きな影響を及ぼす技術革新の大きな流れは、優秀な若者が大学で学びたいと殺到する大学の学部学科の変遷を見れば一目瞭然であろう。

戦前は、船舶や航空機だった。それは、日本軍の軍艦や戦闘機という腕を振るう大きな活躍の場があったから。

戦後、軍需がなくなり、軍事技術は民生転用され、自動車が若者の人気となった。若き本田宗一郎や豊田喜一郎が自動車に夢中になったのもこの時代である。

その後、工作機械、ロボットと推移し、コンピューターが登場した。日本のコンピューターの父と呼ばれた池田敏雄や水野幸男が富士通・NECを率いて日本のコンピューターを開発したのもこの頃である。

コンピューターは、急速に小型化してパソコンとなり、携帯電話が出現し、今は情報通信機能を持ったスマートフォンが人々の生活にとって必需品となっている。

1995年はインターネット元年と呼ばれ、米国でGAFAMが創業したのもこの頃である。AIの出現で、今は優秀な若者は大学の情報関係学科に殺到している。小中高校の多くの若者も、AIに興味関心を持っていて、AIに関連する仕事に従事したいと思っている。

こうした歴史のうち、前半は機械工学であり、エンジンやモーターといった動力が稼働する機械であった。後半は電子・通信・情報工学が作るコンピューター、すなわち電気信号で作動する電気回路である。初期はいかに早く大量に処理するかというハードウエアが中心だが、やがてAIのようなソフトウエア技術・プログラム技術が中心となっている。

人間を、肉体労働が得意な人と頭脳労働が得意な人に大きく分類できるのと同様、機械もまた、肉体労働が得意な機械と頭脳労働が得意な機械に大きく分類できる。

動力で動く機械(肉体労働が得意な機械)が人間社会で普及するということは、すなわち機械が人間の肉体労働を代替することであり、電気で動くコンピューター(頭脳労働が得意な機械)が人間社会で普通するということは、コンピューターが人間の頭脳労働を代替することである。

かつて人間が大量に投入され、肉体労働で遂行していた作業は今ではほとんど無くなった。例えば土木建設工事の大部分は重機に代替された。

それと同様、コンピューターがさらに高度化すると人間の頭脳労働がほとんど代替されると予想される。

これからは本格的に、頭脳労働者、すなわちホワイトカラー・オフィスワーカーが機械に代替されていく時代であり、そうした時代を前にして、AIが人類にとってプラスに働くよう、雇用や人的資本形成をどうすればよいかという問題を今から考えておくことが重要である。

かつて、家内制手工業と呼ばれていた時代、人間が全ての労働を提供した。やがて工場のなかに生産ラインが出来て、大量の女工がライン上に並び、機械との間で役割分担しながら、肉体労働を行っていた。

有名な例に、群馬の富岡製糸工場がある。外国技術を導入し、蒸気の動力で機械を動かし、いわゆるT型フォード方式と呼ばれた生産方式である。

だが、その後、「自動化投資、機械化投資、省力化投資」が行われ、今では工場内では工作機械やロボットが忙しく動き、人間は機械が正常に稼働しているか監視し、異常があれば対応し、機械ではできない一部作業を人間が行っているに過ぎない。

同様に、今の広いオフィスには大量のホワイトカラーがパソコンとの間で役割分担しながら、すなわち機械は人間の「補完」的役割を担い、作業が行われている。その光景は富岡製糸工場をほうふつとさせる。今のオフィスは工場でいえば富岡製糸工場の時代である。

今後、AI技術が進化し、工場において「自動化投資、機械化投資、省力化投資」が行われたのと同様、オフィスでも同じ投資が行われ、自動化・機械化・省力化が進むと、いずれは、人間はAIが正常に稼働しているか監視し、異常があれば対応するなど、AIではできない作業だけを行うようになると予想される。

(次回に続く)

2025年11月12日掲載

この著者の記事