4 識者によるコメント
中小企業の海外展開に関する日本とドイツの比較について、識者からいくつかコメントがあるので以下に紹介する。
4-(1)ハーマン・サイモン氏および共著者リッペルト教授による日本と日本企業への教訓
「隠れたチャンピオン」という言葉を著書『グローバルビジネスの隠れたチャンピオン企業』
(2012年、原著2009年)において初めて使ったハーマン・サイモン(Dr. Hermann SIMON)氏(サイモン・クチャー&パートナース会長)が、経済産業研究所(RIETI)に来訪され、講演を行った。以下はその要約である。
日本にはドイツより大手企業が多い。日本にはフォーチュン・グローバル500企業が68社あるが、ドイツには34社しかない。しかし、日本の輸出額はドイツの半分である。日本の隠れたチャンピオン企業の数は、ドイツの6分の1に過ぎない。
日本の中小企業とドイツの隠れたチャンピオン企業には、はっきりした違いがある。 日本の中小企業は海外に目を向けず、むしろオペレーション面や効率性に気をとられている。企業文化、リーダーシップのスタイル、言語に関しては、依然としてかなり日本中心である。
ドイツの隠れたチャンピオン企業は、より多くの外国人を雇用し、責任を任せている。日本の中小企業は、かなりリスク回避的である。この姿勢は、組織が新しいことを習得することを大きく妨げる。
日本の中小企業の多くは、隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの社内的な能力と技術力を持ちあわせている。しかしながら、ドイツの隠れたチャンピオン企業のように、精力的、迅速に国際化を進めていないため、潜在力を十分に生かせていない。日本はこのような自己抑制によって、グローバリゼーションの進展につながる多くのチャンスを逃している。
ドイツの隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業や、若くて野心的な起業家が同じような戦略を追求する上でのロールモデルとなり得る。日本企業は、世界で成功できる潜在力を秘めている。中小企業の国際化を大胆に進めることにより、日本の弱い輸出力を高め、高度な仕事を新たに創出できる。
*詳しくは原本をご覧ください。
RIETI 世界の視点から 2012.08.08 http://www.rieti.go.jp/jp/special/p_a_w/018.html
同書籍における同氏の共著者リッペルト教授(故人)は、日本のチャプターを執筆された方であり、ドイツの中小企業と比較した日本の中小企業の姿を最もよく知る人物といえる。彼によれば、ドイツの中小企業との比較のうえ、日本の中小企業は次のようなマイナス点を抱えているという。
・系列の中で受ける圧力
・外国市場の知識・経験の不足
・リスクをとるリーダーシップの欠如
・グローバル化への熱意のなさ
・企業の戦略と組織が国内市場に極度に適応してしまったガラパゴス化
「系列の中で受ける圧力」とは、もし系列の上層に属する中小企業の社長が、勇を鼓して系列から抜け出し、海外市場を求めようとすれば、同社の社員やより下位の層の系列企業から強い反発を食らうだろうということを示唆している。
経営学では、好景気のときに痛みを伴う構造改革を行い、次の不況に備えろ、と教える。しかし、日本では、その逆で、好景気のときに、「今のままで十分儲かるからいいんだ」という主張が幅を利かし、次の不況のときに構造改革をしたくてもできないという繰り返しの歴史であった。それが「失われた30年」を作ってきたひとつの要因ともいえる。
系列構造の代表例である自動車産業においては、電気自動車(EV)になると、電池とモーターだけになってしまうため、従来のエンジン回りの機械部品を作っていた部品メーカーの仕事がなくなってしまう。このため、系列の存在が、自動車メーカーがEVに進出する壁となり、それが日本のEV市場への参入を遅らせているといわれている。
4-(2)調査に協力してくれた専門家のインタビューの紹介
● ドイツ人識者A
隠れたチャンピオンの力は、グローバル化によって育成された。持っている技術力は、日本とドイツの中小企業ではほぼ同じだが、異なる点はグローバル化である。
外国の市場は常に増えていたから、それがドイツ企業の成長につながった。隠れたチャンピオンとは、ニッチ市場におけるグローバル・チャンピオンということである。
それでは、日独の中小企業では一体何が違うのか。
まず、日本でのグローバル中小企業と非グローバル企業の売上高、利益などをセクター別に比較すると、驚くことに、日本の製造業では、両者のパフォーマンスはほとんど変わらない。株のパフォーマンスも変わらない。日本はデフレが続き、市場も拡大しない。製造業の競争が厳しいため、売上高だけを見れば、日本企業のそれは増えていない。
サービス業に関しては、非グローバル企業の方が規模が大きい。将来的に、サポートすれば日本のサービス業にはグローバル化できるポテンシャルがある。
ドイツ企業はまずは隣の国に輸出し、次に米国、南米に出て行った。欧州の市場が危機になったとき、中国に出て行った。輸出の3分の1を中国に依存している状態である。ドイツの中国への依存度は、日本とほとんど同じになっている。
ドイツのエコシステムは数十年かけて作り上げられてきたものである。ドイツの外国の大使館はトラベル・エージェンシー(旅行業者)のような存在である。みんなすぐにビジネスの話をするし、大きなビジネスの話には大使も参加する。
ドイツ企業では、役員は1~3年の海外勤務が普通だが、日本とはそこが違っている。入社の面接では、海外に行ったことがない学生は、それだけで選考の対象外になってしまう。
日本の役員は、子どもが4歳を超えていると単身赴任する。外国ではビジネスマンは日本人同士でゴルフをする。外国人と交流しないわけだが、ドイツ人はそういうやり方はしない。
ドイツの一次請けメーカーや二次請けメーカーは、かつてはフォルクスワーゲンなどに納入していたが、グローバル化して別の納入先を見つけた。グローバル化すると、別の納入先を探せる。そして、一次請けだったボッシュやコンチネンタルは、大企業に成長した。
日本人はパワーとエネルギーをすべて国内の競争に使っている。同じエネルギーを海外で使えば、もっといい結果が得られる。
海外進出の形態も違う。ドイツ企業は輸出だが、日本企業は買収(海外投資)である。海外事業は外国人がやるからいいや、という。日本人の海外の知識が増えないのは、この姿勢にも一因がある。
● ドイツ人識者B
ドイツと日本は環境がかなり異なるので、単純な比較は難しいが、日本は島国であり、企業はリスクをとらない傾向がある。ドイツは陸続きの国であり、いろいろな民族や言語が混ざったダイバーシテイがある。それらがマインドセット(無意識の思考や行動パターンのこと)に影響を与えている。
マインドセットでいえば、英語教育の差は大きいだろう。ドイツでは英語は小学校からスタートする。ドイツ国内の市場は、少子高齢化の影響で縮小傾向であるが、オープンなマインドセットのおかげで外国に自然と目が向くのである。
ドイツの中堅中小企業は、戦略至上主義(strategic driven)である。企業トップが市場を特定し、ステップ・バイ・ステップで展開する。たとえば、ボッシュはすでに形式上は大企業であるが、いまだに戦略至上主義の中小企業のままであることを強調している。
日本とドイツの最も大きな違いは、日本には系列と呼ばれる産業構造が存在することである。日本の多くの中小企業は系列の中に組み込まれている。総合商社の存在も日本の特徴で、中堅中小企業は、調達と販売を商社に任せて製造に専念できる。そして、外国に進出しても、そこでまた系列を作る。ドイツには系列も総合商社も存在しないので、企業は自分自身の力で生き残りのために努力しなければならない。ドイツ人には大企業に依存して商売をするという経営をよしとしない傾向がある。
ドイツ企業に比して、日本の中堅中小企業は意思決定のスピードが遅い。商工会議所で仕事をしていて感じることであるが、日本とドイツの中堅中小企業は考え方を共有できない。お互いが出会っても、せいぜい名刺交換で終わってしまう。
最後に繰り返しになるが、教育と言語から来るマインドセットの違いが最も大きいと思う。ドイツ人の頭の固さは日本人とほとんど変わらないが、日本人はお互いが依存したがり、組織のひとつの部品であることを好む。これが外国ではうまく機能しない理由ではないか――。
● 日本人識者C
日本企業は欧州への進出にとても慎重である。欧州は規制が多く、競合相手は強い、というイメージを持っている。逆に、ドイツ企業は、中国、韓国、台湾に対するのと同じ感覚で日本にやってくる。またドイツ企業は、日本市場で良い評判を得ていて、日本製品よりもドイツ製品のほうがいいと信じている。
日本企業は、他の日本企業が出て行かないと出ようとしない。日本人がいないところへは出て行かない。日本人が多くいる、というのが海外進出の重要なファクターである。
ドイツやオーストリアでは移民が多い。中東出身者を雇えば、その国の事情がわかり、即戦力として使える。ドイツは全国に大学が分散しており、そこに留学生がいる。 一方、日本は東京に集中しているので、地方の中小企業にとって留学生を雇うのは難しい。
ドイツ人は英語ができないという人でも、日本人よりはうまい。しかも地続きだったので、東欧、中東、ロシアに入植していった。昔から、そういったことに慣れていた。
ドイツは国内に系列が存在しないことが中小企業の強さになっている。ドイツ企業のサイトを見ると、取引は全ての企業に対してオープンである。サイモン氏によれば、国内での競争で切磋琢磨して強くなる。しかも中小企業はニッチな市場を対象にしているので、外国に出て行って稼いで、各国での売上を積み上げないと、かなりの量にはならない。
● 日本人識者D
1990年代後半からドイツの中堅中小企業は外国に目を向け始めた。それまでは国内に向いていたが、外に出て行かざるをえなくなった。われわれが見ている隠れたチャンピオンは、戦いに生き残った企業である。
言葉ができることは本質ではない。言葉ができる人を雇えばそれでいいからだ。
ドイツの商工会議所には全企業が参加義務を負っているので、会費が潤沢に集まっている。その資金を使って会員が満足するようなサービスを返さないといけない。たとえば、商工会議所は、他の企業に転職する際の訓練を行っている。ドイツでは生涯教育が充実している。
日本のマニフェストは選挙が終わればどこかへ行ってしまうが、ドイツではマニフェストを守るので、真剣に議論して書いている。
ドイツ人は、仕組み作りに時間もお金もかけている。考えることが好きなのだ。ドイツ人は、感情的ではあるが、論理性も高い。ドイツ人と比べれば日本人は考えない。何も考えずに、すぐに何かに飛びつく。
ドイツでは、ジョブ・ディスクリプション(職務記述書)があり、それは私の仕事ではありません、と言えるようになっている。一方、日本には、ジョブ・ディスクリプションはなく、その人の仕事が明確に決められていない。日本は島国だったので、ルールや仕組みがなくても、動いてきた。
日本の方が良い点は必ずある。それを残しつつ、ドイツの良い点を導入していくことが重要である。日本の守るべきものを守ることが重要である。日本の良いものを壊してまでもドイツの仕組みを導入する必要はない。
5 おわりに
日本とドイツの産業構造を比較すると、個々の部分的な違いはほんの少しかもしれない。しかし、それらが組み合わさって国全体のシステムとなると、日本独自の機能を持ったシステムとなって現れる。そのシステムがグローバル化という課題を前に、うまく機能していないということだろう。