比較的小さな国であるドイツが、なぜこれほど強い輸出力を保っているのだろうか。答えは、世界市場で活躍中の「隠れたチャンピオン」、すなわち無名の中小企業にある。筆者の計算によると、世界中で2746社の「隠れたチャンピオン」のうちドイツ企業が1307社、全体の47%を占める。このような企業だけで、ドイツの輸出の約4分の1を占める。ドイツは、2003~2008年まで世界最大の輸出国であり、2011年の輸出額は1兆5430億ドル、同時期の日本の輸出額は8010億ドルであった。ドイツの輸出額は、英国、フランス、イタリアの輸出額の合計に匹敵する。3国の人口は合計1億8000万人だが、ドイツの人口は8200万人である。2011年のドイツの1人当たり輸出額は1万8863ドルで、これに対し日本は6258ドルであった。
隠れたチャンピオン企業とは何者か?
隠れたチャンピオン企業とは、世界市場において業種上位3位以内、またはその企業が位置している大陸のトップであり、収益は50億ドル以下、一般にはほとんど無名な企業を指す。例を挙げると、ICカードの80%、iPhone等の携帯電話の50%には、Delo社の接着剤が使用されている。Delo社は、電子機器用の特殊な接着剤を製造している。Tetra社は、観賞魚用餌業界で世界最大手であり、世界市場シェア60%を占める。産業サービス企業のBelfor社は、水害・火災・暴風雨の災害復旧の分野世界的トップであり、災害復旧サービスを提供できる世界で唯一の企業である。
隠れたチャンピオンの概念は、世界でますます注目を集めている。過去10年間で、ドイツの隠れたチャンピオン企業1307社は、100万人分の新たな雇用を創出した。従業員の大半がドイツ国外で働くまさにグローバルな企業である。隠れたチャンピオン企業の成長を促す最大の推進力がグローバリゼーションである。世界市場全体の拡大にも関わらず、ドイツの隠れたチャンピオン企業はグローバル市場シェアを伸ばし、グローバル市場シェアを伸ばし、イノベーションを次々と生み出したのである。
日本と日本企業への7つの教訓
日本企業が隠れたチャンピオン企業から学べる点は何だろうか。また、隠れたチャンピオン企業と大企業の相違点は何だろうか。以下、大企業、中小企業を問わず日本企業にとって有益な7つの教訓を紹介したい。
1. 極めて野心的な目標
隠れたチャンピオンの目標は、成長と市場制覇である。
隠れたチャンピオン企業は、市場制覇と成長に関する極めて野心的な目標を掲げている。例えば、Chemetall社は、技術とマーケティング分野で世界的リーダーになることを目指している。同社は、セシウムやリチウムのような特殊金属の分野において世界トップである。解剖学の補助教材部門で世界トップの3B Scientific社は、「世界一になり、世界一であり続けたい」と言う。隠れたチャンピオン企業は、直近の10年間で年率10% の成長を遂げた。つまり、10年前に比べて2.5倍の規模になったということである。この中から収益10億ドル規模の企業が約200社も誕生した。また、10年前に30% だった市場シェアは現在、33% に拡大した。さらに注目すべきは、競争力の指標である相対的市場シェアの伸びである。相対的市場シェアとは、当該企業の市場シェアを最大のライバル企業の市場シェアで除した値である。10年前の相対的市場シェアは1.56、つまり、隠れたチャンピオン企業はそれぞれの最大ライバル企業と比べてその市場シェアが平均で56% 大きかった。現在、その値は2.0以上、つまり、世界市場において最大ライバル企業に比べ2倍以上のシェアを誇る。勝因はイノベーションの一言に尽きるだろう。
2. 集中と深化
隠れたチャンピオン企業は、自らの市場を狭く定め、バリューチェーンを深化させる。
「これまでも、今後も、医薬品業界が当社唯一の取引先である。我社はひとつのことを正しいやり方で行う。」これは、医薬品業界向け梱包システム世界最大手であるUhlmann社からの引用である。Flexi社は、「我社はひとつのことだけを誰よりも素晴らしく行う。」と言う。犬用伸縮リードを製造する同社は、世界市場70%のシェアを誇る。これこそが集中で、世界に通用するためには集中する他ない。
集中をさらに深めた例を紹介しよう。Winterhalter社は、業務用食器洗浄機メーカーである。約10年前に市場分析を行い、病院や食堂など二次市場のほとんどで同社のシェアは3~5%しかないという結果がわかった。多数の中の一社に過ぎなかったのである。そこで同社は戦略を立て直し、病院とレストラン向け食器洗浄機に集中した。同様に、浄水装置を加えることでバリューチェーン(価値連鎖)を深めた。水質が食器洗浄の結果を大きく左右するからである。同社は、自社ブランドの洗剤販売と年中無休・24時間営業を開始した。このような集中は、同社の活動すべてに影響を与えた。また、社名をWinterhalter Gastronom社に変更し、光沢のあるグラス用の特別な食器洗浄機を提供する。顧客に通じる言葉を話し、顧客の抱える問題を理解できるように、ホテル・レストラン出身者を採用している。McDonalds、Burger King、Hilton等が同社の製品を使用していることからも明らかだが、現在、誰もが認めるように業界ナンバーワンである。
集中と緊密な関係にあるのが、バリューチェーンの深化である。過去20年の間、「アウトソーシング」は流行語であった。多数の企業が生産過程の大部分を誇らしげに外注している一方、隠れたチャンピオン企業は、自らのコア・コンピタンス(他社に真似できない核となる能力)の分野においては、非常に強い反アウトソーシングの姿勢を貫いている。例えば、ショッピングカートや空港荷物カートで世界トップのWanzl社は、「当社規定の品質基準に基づき、全部品を自社生産する」。世界中の空港のカートは、Wanzl製品である。明らかに、空港当局は、価格が高くてもWanzl製品を購入している。成田空港にもWanzlのカートが導入されている。Wanzlのカートはシンプルに見えるが、性能は並外れて良い。Wanzl社の優れた業績の根底には、全てを自社生産することで維持されている、総合的品質管理(TQC)がある。
隠れたチャンピオン企業は、比類無い最終製品を目指し、バリューチェーンを数段階深化させ、優位性と独自性を兼ね備えた最終製品を生産する工程、技術、部品を作りあげる。独自性と優位性は、社内でしか創り出せない。他人と同じモノを市場で買っても優位性は得られない。このような見識は、アウトソーシングの考え方と全く相反する。
これとは逆に、隠れたチャンピオン企業はコア・コンピタンス以外の業務は、大企業以上に外注している。税務や法務関連の部署を持っていないことが多い。「(税務や法務作業は)我々ではなく、法律や税務専門家のコア・コンピタンスであり、当社にとってコア・コンピタンスでない業務は、専門家のほうがが良い仕事ができる」と言う。つまり、隠れたチャンピオン企業の戦略の特徴は、コア・コンピタンス分野は反アウトソーシング、それ以外の業務は積極的に外注していることにある。
3. グローバリゼーション
集中は市場を縮小し、グローバリゼーションは市場を拡大する。
隠れたチャンピオン企業は、戦略の一部として市場を明確化している。市場を狭く定めて顧客のニーズと技術を注視する。市場を「広く」ではなく、「深く」定め、高度に集中させる。こうした集中は、市場を小さくするが、隠れたチャンピオン企業はどうやって市場を拡大させるのであろうか。答えはグローバリゼーションである。製品とノウハウの専門性に、グローバルな販売・マーケティングを組み合わせれば、それぞれの市場は何倍にも拡大する。そうすれば、ほとんど成長に限界はない。グローバリゼーションは、始まったばかりである。1900年代初頭にほとんどゼロだった1人あたりの世界貿易額は、1980年代までほとんど向上しなかった。しかしその後、「爆発的」に増加し、今後も増加し続けるだろう。世界に出れば、無限に成長できる。
隠れたチャンピオン企業は、世界主要市場すべてに自社の子会社を持ち、仲介者、代理店、輸入商社等に顧客関係を委託せずに、直接、顧客に販売している。高圧水洗浄機世界的トップの Kaercher社は、1970年代、国際化を真剣に推進させ、その後毎年、1~2カ国、ときには3カ国の市場に新規参入し、プレゼンスを高めてきた。今日、世界中に拡がる同社の子会社は75社に上る。
こうしたプロセスを経て、隠れたチャンピオン企業は、米国と西欧の企業からユーラシア企業へと生まれ変わった。10年前、ドイツの隠れたチャンピオン企業は収益の75%を西欧と米国から得ていた。今日では、75%を西欧、東欧、アジアから得ている。近年、米国と西欧諸国が不況にみまわれる一方、同時期にアジアは成長を遂げたので、予測よりはるかに早くシフトが起こった。
4. イノベーション
隠れたチャンピオン企業の研究開発活動の効果は、大手企業を5倍上回る。
世界市場トップになり、活躍し続けるための唯一の方法は、模倣ではなくイノベーションである。イノベーションは研究開発費に始まる。隠れたチャンピオン企業の研究開発費は、平均的事業会社の2倍の規模である。さらに重要なのは成果である。隠れたチャンピオン企業の従業員1人あたりの特許保有件数は、特許に力を入れる大手企業の5倍に上る。しかも隠れたチャンピオン企業における特許1件あたりに要する費用は、大手企業の5分の1に過ぎない。イノベーションの原動力は何だろうか。市場なのか、技術なのか、あるいは両方だろうか?隠れたチャンピオン企業の65%は、市場と技術の力をバランス良く、十分に統合している、と言うが、大手企業では、19%にとどまる。イノベーションの課題は、技術と顧客ニーズの統合である。革新的な企業のひとつが、Enercon社である。同社は、世界中の風力発電関連特許の30% 以上を保有している。また、いわゆるフレットナーローターを使って風力を利用するE-ship等の素晴らしいアイデアを持っている。フレットナーローターは、旧来の羽根と比較して10~14倍も効率性が高い。大手企業は問題解決に巨額を投じるが、隠れたチャンピオン企業は、新しい解決策の発見のため、献身的な少数精鋭を投入する。特許あたりにかかる費用がはるかに低いのはこのためである。
5. 顧客との近い距離と競争優位性
隠れたチャンピオン企業の最大の強みは技術にもまして、顧客との近い距離である。
隠れたチャンピオン企業の最大の強みは、技術ではなく、顧客との近い距離である。これは中小企業本来の強みである。平均して、従業員全体の25~50% が、定期的に顧客と接触している。他方、大手企業では、顧客との定期的な接触は5~10%に過ぎない。特に顕著なのは、得意先との親密さである。
Grohmann Engineering社は、超小型電子製品組み立て用のシステムを製造している。グローマン氏は、「私の市場は、世界のトップ30のクライアントである。」と言う。顧客は、Intel, Motorola, Bosch等が名を連ねる。このようなクライアントは決して満足しない、とグローマンは言う。「トップ・クライアントは、要求がとても厳しく、より高い業績へと後押ししてくれる。」トップ・クライアントが業績を高める原動力であるのは、隠れたチャンピオン企業の顧客関係の典型的な側面である。
隠れたチャンピオン企業の戦略は、価格主導ではなく、価値主導である。隠れたチャンピオン企業の価格は、市場平均と比較して10~15% 割高であり、大多数の市場では依然として価値・品質が最も重要な要素であることを示している。企業が差別化できる価値を提供できなければ、価格が中心的な要因になってしまう。
隠れたチャンピオン企業の最も重要な競争優位性は、製品の品質である。近年、新たに3つの優位性が登場した。アドバイス、システム統合、使いやすさ、である。この3つの新しい優位性こそが、隠れたチャンピオン企業の重要性を最も高めた。簡単な模倣や、リバース・エンジニアリングができないため、競争力の観点では、製品に統合された優位性とは異なる。このような優位性は、従業員の頭脳や複雑性を管理する組織力にある。10年前と比較して新規参入する際の障壁は、おそらく高いであろう。
6. 忠誠心と非常に有能な従業員
隠れたチャンピオン企業は「従業員の人数分以上の仕事」と高いパフォーマンスの文化をもつ。
隠れたチャンピオン企業には、従業員人数以上の仕事があり、非常に有能な従業員を雇用し、離職率も低い。労働人口に占める大卒者の割合は、10年前の8.5%から、現在、2倍以上の19.1%となった。今日、国際競争力は以前に増して人材の能力によるところが大きくなり、最高の人材を採用し、教育・訓練するだけでなく、離職させないことがますます重要になっている。隠れたチャンピオン企業の離職率は、年率2.7%と、極めて低い。ドイツ平均は7.3%であり、米国の平均的な企業では、年間に全体の約3分の1の従業員と彼らのノウハウを失う。
7. 強いリーダーシップ
原則的には権威主義的であるが、細部においては柔軟なリーダーシップ。
最後の7つ目の教訓は、隠れたチャンピオン企業のリーダーに関係する。リーダーシップこそが飛び抜けた成功の本質であるが、何がそのようなリーダーの特徴だろうか。まず、最大の特徴は、個人と目的の独自性である。リーダーシップには二面性が見られる。原則と価値に関しては、権威的なリーダーシップが見られる。原則については議論の余地はないが、仕事を遂行する上での詳細な点については、積極的に関わり、柔軟性を持つ。隠れたチャンピオン企業では主要ポストに就く女性が多く、CEOの在職期間が非常に長い。平均在職年数は20年で、大手企業の6.1年を大きく引き離す。
まとめ:3つの輪
以上7つの教訓は、3つの輪に要約できる。中核は、野心的な目標をもった強いリーダーシップであり、内側の円で表される長所は、深化、パフォーマンスの高い従業員、継続的なイノベーション、である。外側の円は、狭い市場への集中、顧客との近い距離、明確な競争優位性、そしてこれらすべてにグローバル指向性を要する。21世紀の隠れたチャンピオン企業は、これまで以上に決断力を持ち、首尾良く独自の路線を進む、というのが究極の教訓である。そして、経営の専門家による教えや、流行中の新しい経営、大企業の経営等とはほとんど異なった方法をとる。彼らこそが、21世紀における戦略とリーダーシップの真のロールモデルである。
日本と日本企業への教訓
日本は、輸出潜在力を十分に活かせていない。日本にはドイツより大手企業が多い。日本にはフォーチュン・グローバル500企業が68社あるが、ドイツには34社しかない。しかし、日本の輸出額はドイツの半分である。日本の中小企業の技術や製造分野での能力が不足しているわけではなく、グローバリゼーションの遅れが原因である。日本の隠れたチャンピオン企業の数は、ドイツの6分の1に過ぎない。
日本とドイツの隠れたチャンピオン企業には、はっきりした違いがある。
- 日本の隠れたチャンピオン企業は海外に目を向けず、むしろオペレーション面や効率性に気をとられている。
- 企業文化、リーダーシップのスタイル、言語に関しては、依然としてかなり日本中心である。ドイツの隠れたチャンピオン企業は、より多くの外国人を雇用し、責任を任わせている。
- 日本の隠れたチャンピオン企業は、かなりリスク回避的である。この姿勢は、組織が新しいことを習得することを大きく妨げる。
富士通総研による最近の研究 “Japan's Potential Globalizers" は、現在、国内市場にほぼ限定してビジネスを展開している日本の中小企業にとってのチャンスと課題について、さらに詳しい(注1)。同研究は、数100社の「潜在的グローバライザー企業」を挙げる。潜在的グローバライザー企業は、国内市場では非常に強いが、ほとんど国際ビジネスは行っていない。驚くことに、潜在力が最も大きいのは工業製品ではなく、消費財と医療サービスである。
日本の中小企業の多くは、隠れたグローバル・チャンピオン企業になるだけの社内的な能力と技術力を持ちあわせている。しかしながら、ドイツの隠れたチャンピオン企業のように、精力的、迅速に国際化を進めていないため、潜在力を十分に活かせていない。この問題は、部分的に日本文化に根ざしており、また言語も含め、外国に対する消極性や、大企業への依存、起業家でなく従業員として働くことを好む傾向に特徴づけられる姿勢に起因している(注2)。こうした姿勢や状況が一夜にして変わることはない。日本はこのような自己抑制によって、グローバリゼーションの進展につながる多くのチャンスを逃している。隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業や、若くて野心的な起業家が同じような戦略を追求する上でのロールモデルとなり得る。日本企業は、世界で成功できる潜在力を秘めている。中小企業の国際化を大胆に進めることにより、日本の弱い輸出力を高め、高度な仕事を新たに創出できる。隠れたチャンピオン企業は、日本の中小企業が参考にすべき青写真を示している。