弊害大きい空港外資規制

伊藤 隆敏
ファカルティフェロー

国土交通省が導入を検討している空港の外資規制は、資本市場をより開かれたものにする流れに逆行し、弊害が大きい。安全保障面の懸念なら外資ではなく大株主を規制すべきであり、独占の弊害も外資規制では解決しない。成田民営化に伴う規制のあり方を慎重に検討すべきだ。

外国企業の参入 歓迎を表す必要

日本への海外からの直接投資は低水準であり、資本市場をより開かれたものにすることは、経済活性化に向けた1つの重要な柱である。例えば、外国金融機関がアジアの拠点を東京に置けば、東京はアジアの中心的な金融センターとして発展し、高所得の雇用機会も拡大しよう。また、オーストラリア資本で活性化した北海道・ニセコのスキーリゾートは、地域活性化や地域での雇用創出のモデルといえる。生産性が見劣りする分野・業種に外国企業が進出することで、競争圧力の高まりを通じて潜在成長率を引き上げることになる。

所信表明演説で福田康夫首相も、制度の透明化をてこに対日投資を倍増させ、空の自由化や貿易手続きを効率的にし、日本の金融・資本市場の国際競争力を一層高める旨を表明している。

外国企業が日本への投資に関心を持つには、日本市場が外国企業の参入を歓迎していることを説得的に示す必要がある。それは、必ずしも規制をすべて撤廃することではない。独占企業、外部効果の大きな産業や施設、公共財、情報の非対称性がある場合から生じる市場の失敗を防ぐ仕組みや規制は必要だ。国家安全保障に関する規制も残す必要がある。

規制の存在が外国企業の対日投資意欲をそがないようにするには、以下のポイントがある。第1に、外国企業と日本企業を平等に扱うこと(内外無差別)。第2に、規制の変更に合理性があり、予測が可能であること(予見可能性)、第3に、国際的な取り決めや制度と調和していること(国際的調和)である。

国土交通省は、2009年度にも上場する準備を進めている成田国際空港会社と既に上場している羽田空港のターミナルビルを所有・運営する日本空港ビルデングに関し、外国資本の保有合計を議決権ベースで3分の1未満に抑える規制を計画していると報道されている。これに対して、一部の閣僚が反対を表明、経済財政諮問会議の場でも否定的な意見が多い。

安全保障と独占 区別して議論を

空港民営化では「安全保障上の懸念」と「独占的であるため経済に影響を及ぼす懸念」を区別して議論する必要がある。

空港が外国資本の会社に支配された場合、安全保障上の問題が起きる可能性は皆無ではないだろう。確かに、日本と潜在的に利害の対立する国の国営企業や政府系ファンドが日本の首都の空港を買収するのは国益を損ねるとの議論には説得力がある。テロリストと関連のある会社に買収されるのも国益にそぐわない。

だがこうした懸念には、そもそも外資規制では対処できない。国籍は日本でも、日本政府に敵対する勢力の個人や会社はありうるからだ。問題にすべきは会社の国籍ではなく、日本の国益を損なうような所有者に支配されるのを避けることだ。したがって、1社で持てる株の上限を規制する大口規制(1社で保有できる株の上限の規制)をかけることが望ましい。大口規制は、証券取引所や銀行にも導入されており、投資家の内外無差別が確保される。

「外国でも国の管理下にある空港では外資規制を導入しているとして日本でも外資規制を導入すべきだ」とする主張はどう考えればよいのか。

そもそも外国の空港保有形態は、3種類に分類できる。第1が完全民営化し既に外国の会社の支配下にある場合だ(1)。ロンドンのヒースロー、ガトウィック両空港、コペンハーゲン、ブリュッセルなど数空港にすぎない。ロンドンの2空港はスペインの会社が買収して上場廃止となり、コペンハーゲン、ブリュッセルは豪マッコーリーが過半数の株を取得した。

第2が、外資規制つきで民営化したケースだ(2)。オーストリア、メキシコ、オーストラリアの3カ国がそれに当たる。第3は、国か地方自治体が所有管理している、あるいは民営化しても過半の株を持ち続けているものだ(3)。米国、フランス、ドイツ、オランダ、スイス、シンガポールなど大多数である。

国交省提案は成田国際空港会社を(3)から(2)に移そうというものである。確かに国の関与を残す面ではどちらも同じだが、(2)は外資を差別する規制、(3)は内外無差別という大きな違いがある。国の大きな関与が必要不可欠というのであれば、当面、(3)のままでいるべきだ。それでも国際的調和に問題はない。

次に独占施設であるため経済に悪影響が及ぶ懸念についてはどうか。

空港は経済活動全般に大きな波及効果(外部効果)をもつ基礎インフラで競争が起きにくい独占施設である。

航空、空港、道路、鉄道など外部効果を持つインフラを完全民営化した場合、インフラに対する設備投資が社会的な最適水準に比べ過小になる傾向がある。また、着陸料金やターミナルビルのなかのテナント料を不当に引き上げたり、利用客へのサービスの質を落としたりして、高利益・高配当を実現することも短期的には可能だ。

このため、基礎インフラは、民営化された場合でも、新規設備投資に対する税制・補助金による誘導や、着陸料金やテナント料を含め施設利用料金に上限価格規制を課すのは当然である。これらの配慮は既に羽田や成田の空港会社には科される計画であり、独占的インフラであることが外資規制の根拠にはならない。

予見可能性 違反避けよ

完全民営化され、外国の会社が支配権を握った空港((1)の例)でサービスは低下したのか。少なくともヒースロー空港では、荷物の紛失が多発するなどの不評もあるが、これは民営化以前からの問題である。また顧客の満足度調査を見ても民営化後に、顕著に悪化しているとの結果はない。

もう1つの重要な視点は、成田と羽田の違いである。成田国際空港会社の場合、滑走路からターミナルビルまで空港のすべての施設を管理・運営している。国はまだ100%の株を保有しており、したがって、実際に外資規制を導入するにしても、早くても1年以上先の予定である株式の売り出し時期まで考えればよく、拙速は禁物だ。

一方、羽田の場合、日本空港ビルデングはもともと民間会社で、滑走路など離着陸に必要な施設は国が保有している。国交省提案のうち羽田の場合は(1)から(2)へ移そうとしている。空港ビルの20%弱を豪マッコーリーが取得、外資合計が25%に達したからといって、合計3分の1の外資規制を導入するのは、「後出しじゃんけんだ」という批判がある(予見可能性に違反)。日本が外資アレルギーをもっているのではないかという外国人投資家の疑念を深めることにもなろう。

土地と建物の所有者が異なる羽田では、ビル施設に関し、安全保障上の懸念への対処法は成田の場合と異なる。安全確保を考えて、滑走路や離着陸の運営、空港ビル内でも出入国管理、セキュリティー関連施設は国が所有・管理し、みやげ物屋、レストランなど空港ビルの管理・運営は、価格上限規制などは維持しつつも、外資規制や大口規制なしに完全民営化を維持するのも一案だろう。

むしろ、成田の完全民営化は、羽田のように滑走路とビルの分離が可能か、分離しない場合でも外資規制より大口規制が適当ではないかなど、様々に検討する必要がある。民営化は少なくとも2010年の平行滑走路延伸の完成以降まで延期し、空港への国の関与について議論を重ねるべきだ。安易に3分の1の外資規制だけで民営化を急ぐべきではない。

成田国際空港会社には歴史的に国交省OBが多数天下りしてきたことから、今回の国交省の外資規制提案の背後には「利権を維持したい」とする官僚の本音が見え隠れすると指摘する意見すらある。万が一にも省益確保のために国益が損なわれることは許されない。

空港外資規制は、安全保障上や、独占の危惧を払拭する意味からも、必要でも十分でもない。いたずらに、「後出しじゃんけんだ」「政府が新たな外資規制を導入した」といった印象を与えるのは、日本のオープンな資本市場のイメ-ジを大きく損ねるだけだ。

2008年2月18日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2008年4月3日掲載