高度成長期まで東京圏と大阪圏は日本の二大中心地、ツイン・ピークス(2つの極)を形成していたが、今日ではこの二大都市圏の間には大きな格差が生じている。人口流入の数字を見ても高度成長期までは東京圏、大阪圏、名古屋圏、これらの三大都市圏すべてが成長した。ところが、その後は大阪圏が純減に転じたのに対し、東京圏はバブル経済崩壊後の一時期を除いて集中は継続している。いわば東京圏の「一人勝ち」の状態となっている。東アジア経済の実態的統合が進み、中国等の経済が目覚ましい発展を遂げている中で、今度は東京圏と、例えば上海との間で同じようなことが起こらないのであろうか。
国境超える「ストロー現象」
地域の問題を議論しているときに、しばしば話題になるのがストロー現象である。比較的最近では、九州新幹線、東京湾アクアライン、少し前だと本四架橋などに関して議論された。木更津(千葉県)の商業地の衰退、香川、徳島から神戸などへの消費者の日帰り買い物バスツアーはよく知られているところである。その定義は次の通りである。「交通ネットワークを整備した結果、経路上の大都市が繁栄し、小都市が衰退してしまうこと。小都市の住人が大都市に買い物に出かけ、小都市にある企業の支店が閉鎖されるなどの現象を指す。[ストロー現象=人間・物資・資金などがストローを使ったように吸い寄せられてしまうことから](三省堂「デイリー新語辞典」より)
この現象を吸い寄せた側から見れば、自分の都市の成長ということになる。こうした現象、つまり、「ストロー現象」及びそれと裏腹の関係にある「都市集積の成長」の背景には広義の「規模の経済」が存在する。ある都市が大きくなればなるほど、市場としても、また労働者や中間財、企業サービスの供給基地としても、その魅力は一層大きくなる。また、ブランド・ショップ、レストラン、コンサートなど、エンターテイメントのレベルも向上する。教育環境もまた然りであり、アメニティ全般にわたっても優位性を持つこととなる。こうしてある都市の魅力が増すと、そこには一層たくさんの人や企業が引きつけられ、それがさらなる魅力の向上をもたらす好循環(ポジティヴ・フィードバック)が実現する。こうしたメカニズムが存在すると、最初はほんの少ししかなかった2つの都市の間の差が、時間の経過とともに加速度的に拡大し、格差が逆転できなくなってしまうという、一人勝ち現象が起こる。その例のひとつが東京圏と大阪圏のこの数十年の変化であると考えられる。
このメカニズムは「広義の輸送費」の低下によってさらに強化・加速化される。実は、この側面で特徴的にとらえた表現が「ストロー現象」である。グローバリゼイションが、この「広義の輸送費」を低下させる特徴があることを忘れてはならない。経済成長の目覚ましいアジアの大都市との間で、航空網が整備され、また非関税障壁を含む様々なビジネス上のコストが自由貿易協定(FTA、注)の推進などともあいまって低下していく。
以上の事実を念頭に置くと、現時点では東京圏はアジアを代表するワールド・シティであるが、その地位は決して安定ではない。国境を越えたストロー現象は起こりえる。実際のところ、国際的なファイナンシャル企業の動向、あるいは国際会議の開催件数などの推移から考えてみると、いずれの面でも日本と東京圏のアジアの中での地位は低下気味であり、既に結構危ういところに来ているのかもしれない。
ワールド・シティの定義の代表的なものは、「グローバルなサービス・センターであるかどうか」を問うものであり、具体的には、会計(Accountancy)、広告(Advertising)、銀行・金融(Banking and Finance)、法律(Law)などの分野における世界的企業の本社・支社がどの程度依存するかを見る。現在、東アジアで国際金融センターの候補として名前が挙げられる都市は東京、香港、シンガポール、上海などであるが、一定の時差の範囲内に1つあればよい(ニューヨーク、ロンドン、それと後1つ)という見方が強い。
仮に、東京圏が「グローバルなサービス・センター」としての地位を危うくするとすれば、それは日本国内で世界的レベルのサービスを受けることが困難になるということを意味する。日本の各地域の、例えば札幌のIT企業や燕・三条(新潟県)の金属加工関連企業が、また香川のクレーンメーカーや熊本のバイオベンチャー企業が世界に飛び出そうとする場合、会計、法律、広告などの質の高いサービスは必要不可欠である。よって東京圏のワールド・シティとしての将来は決して他地域と無縁の事象ではない。むしろクリティカルな問題である。同時に、東京圏にとっても、日本の各地域からの質の高い需要が極めて大切である。
東京圏の優位性の再確認を
また東京圏は金融など従来からあるビジネスの中心であるだけでなく、ITやコンテンツでも日本の中心となっている。さらにはアジアで注目を集める日本のカルチャーの発信基地となっている。革新的な活動にとって必要な条件について考える場合、そのキーワードは「多様性(の受容)」とアメニティであると考えるが、東京圏は新たな知の融合と創造の仕組みが備わった「場」として既に21世紀型の都市になっている。こうした「場」を同じ国内、同じ言語圏内に持つことの優位性を日本全体として再確認しても良いと考える。香港はかつて中国の「金の卵」と称されたが、東京は日本全体にとっての「金のフィールド(場)」であると言えよう。
「one for all, all for one」という言葉があるが、みんなのための東京圏という側面を忘れてはならず、同時に逆もまた真なのである。
日本の各地位にとって、ハード、ソフト両面におけるインフラストラクチュア整備などやるべきことは山積しているが、プランニングに際してはまず第一に、東京の発展と魅力を活用するというマインド・セットで望むこと、第二に具体的プランニングとその実行に関しては「やるからにはどんな分野であれ、ナンバー1を目指すべきである」ということを特に強調しておきたい。好循環が働くダイナミックなプロセスにおいてはほんのわずかな差がどんどん拡大していってしまうという「経路依存性」が生じる。ナンバー2以下では差が開くばかりである。東京にコンテンツの集積がある中で、仮にどこかの都市がそれに挑むのであれば、相当の覚悟と戦略をもって進めるべきであり、さもなければ、無駄な投資におわる可能性が高い。
この国でパブリックな課題について論じる際に付きものの言葉、「危機感の欠如」を再度指摘することはしたくないが、上海をライバルと捉えた上での、香港、シンガポール等の取り組みに「危機感に裏打ちされた大胆さと綿密さ」を、そして上海との有機的連携を図る長江デルタの各都市に「危機感に裏打ちされたたくましさと自立性」を感じるのは私だけであろうか。
歴史に「if」は禁物なのかもしれないが、将来について考える場合には許されるだろう。これから実際にどうなっていくかは、ひとえに私たち自身の選択によっている。
2005年5月号『毎日フォーラム』に掲載