イノベーション促進の観点から、既存企業間のジョイントベンチャーや新規起業(ベンチャー)の重要性に関する認識がますます高まっています。しかしながら、リスクマネー、リスクキャピタルがどの程度有効に集まるかは、どのような事業形態、ファイナンス方式等が可能になるかによって、あるいは各国のファイナンス市場や法制度等の諸環境によって異なってきます。RIETI-CARFプロフェッショナルコンファレンス「イノベーションを促進する企業形態とファイナンシングのメカニズムとは?」では、企業の成長ステージごとの望ましいファイナンス、企業法制等のあり方を他国の事例も踏まえつつ検証し、今後のわが国の政策および市場環境の進むべき方向性を考えます。特に日本において情報が入りにくい欧州の企業法制などについて、欧州からの参加者を招いて紹介し、日本との類似性や共通の悩みの検討を通して議論を深めます。本コーナーでは、シンポジウム開催直前企画として久武昌人上席研究員にシンポジウムのねらい、見どころ等についてお話を伺いました。
RIETI編集部:
政策シンポジウムのねらい、全体像について教えてください。
久武:
我が国では、大学においてはTLOだとか、イノベーションを起こすための仕組みを一生懸命作っているところですが、米国等と比べて必ずしも生産性の上昇がなかなか起こっていない、イノベーションが起こっていないという問題意識があります。
本シンポジウムでは、お金の流れと組織・企業の法的な枠組みとの間の関係を整理しようと考えています。特に諸外国の例と比較しながら日本の政策についてのメッセージを得ることが出来ればと思います。
このシンポジウムの元となったのは、RIETIにおける「流動化・証券化研究会」です。ここでは、そもそも企業金融の本質とは何か、企業の発展段階ごとに適したファイナンスや企業形態は何かを議論しています。それによる研究成果を用いて、海外のこうした問題に関心のある専門家達を集めて議論を行う予定です。また、経済だけでなく、法律や企業の実務・会計といった幅広い専門分野の人たちに参加していただき、いろんな角度からこの問題を捉えていきたいと思っています。
具体的テーマとしては、ビークルのあり方(ディスクロージャー、パススルー、役務出資、最低資本金など)に言及します。
初日のプロフェッショナルコンファレンスでは、小林孝雄先生(ファカルティフェロー/東京大学教授)の「リスクマネーと企業の成長:証券化・流動化の機能」から始まり、高橋文郎先生(青山学院大学教授)に「日本のベンチャーキャピタルの現状と課題」についてプレゼンテーションしていただいたり、Joseph MCCAHERY先生(ティルバーグ大学教授/アムステルダム大学教授)からはヨーロッパやアメリカの幅広い例を、Ronnie QUEK CHENG CHYE氏(Allen & Gledhillパートナー)にシンガポールの最新の事例を紹介してもらいます。シンガポールはアメリカと近い制度を導入したので、シンガポールのいろいろな話が聞けると思います。
後半の方では、お金を実際にもらって会社を運営する経営者の観点からの議論をErik VERMEULEN(ティルバーグ大学教授)先生や柳川範之先生(ファカルティフェロー/東京大学助教授)にしていただきます。最後は以上の議論をもとにして、国際比較を行って、メッセージを抽出したいと考えています。
RIETI編集部:
日本において、LLPやLLCの導入によって、どれくらい投資家が積極的にニュービジネスを支援するでしょうか?
久武:
LLPやLLCという新たな事業体制の導入によって、内部自治原則により、利益や権限の配分が出資金額の比率に拘束されなかったり、パス・スルー方式(構成員課税)が認められることのメリットがあります。しかし、現時点の日本では、例えば課税制度上、日本版LLCが創設されても法人課税とされるなど、制度上アメリカと比べると一定のキャップが貼られるだろうという見方があります。本シンポジウムでも、諸外国と比べて観現時点での日本でのLLP/LLCの評価をしっかり行いたいと思っています。また、今後どう厳密に発展させるかといった議論も行います。
また、日本でもアメリカと同等の制度が出来た際には、新たな投資が期待されますが、法制度の充実は成功の必要条件の1つにすぎず、充分条件ではありません。法的枠組みはいわば乗り物。いくら船が出来ても、エンジンがなかったり水の流れがなかったら船は動かない。船を動かす為にはファイナンスがつかなければいけないし、技術を持った個人がスピンオフするといった事が世の中にどんどん出てくることも必要です。
法的枠組み、税制、ファイナンス全部がそろって化学反応が起きる。日本ではようやく法的枠組みが整いつつある。日本でもこれまでさんざんベンチャーキャピタルの議論はなされてきましたが、なかなか育っていないという議論があります。また、ベンチャーキャピタルそのものについても、だんだん一金融機関になってきて、悪い意味での制度化になってしまい、本当の意味でのリスクキャピタルをどう呼び起こせばいいかという議論になっていない。アメリカではベンチャーキャピタルorリスクキャピタルという議論もあるのでそういった事もシンポジウムで話し合いたいと思っています。
RIETI編集部:
最後に、シンポジウムの見どころについて教えて下さい。
久武:
「法と経済」という枠組みでこの問題を考えていくことが、1つのポイントだと思っています。契約理論の枠組みでこの問題を見ている人、会社法の専門家、ロースクールの人、実務に携わりながら政策提言を行っている人、といった多様な組み合わせで問題を議論していくことと、国際比較を行うこと、制度についての形式的な理解と整理だけでなく、税制を含めて実態がどうなっているかを把握した上で、政策提言まで結びつけたいと考えています。