Research & Review (2006年5月号)

ファイナンシャル・システムと経済成長~政策シンポジウム「イノベーションを促進する企業形態とファイナンシングのメカニズムとは?」の開催を受けて~

久武 昌人
上席研究員

経済産業研究所(RIETI)は、2006年2月27日・28日の両日に渡り、東京大学金融教育研究センター(CARF)との共催により、政策シンポジウム「イノベーションを促進する企業形態とファイナンシングのメカニズムとは?」を開催した。本稿では、同シンポジウムの問題意識と会場における討議を通じて得られた内容、さらに、そこで浮かび上がった政策的な方向性について紹介する。

問題意識

金融システムと経済成長との関係については、経済思想として、2つの対極的な考え方がある。1つは、金融は実物投資の原動力・促進力となるという考え方であり、これはシュンペーターに代表される(Schumpeter(1911))。この考え方によれば、各国の金融セクターの成長が経済成長を決定付けることとなる。

もう1つは、金融はあくまで実物経済の反映の結果に過ぎず、よって、決して原動力にはなりえないし、また、それを促進する役割を果たせるわけでもないという考え方である。"Where enterprise leads, finance follows"という言葉に象徴されるこの考え方を主張したのはジョーン・ロビンソンである。この考え方、つまりファイナンスというのは実物経済の成長の原因ではなく結果である、あるいは、両者は同時並行的なものであるという考え方である。その背景にある考え方の1つは、金融は予言者(predictor)であるという見方である。現在の株式の時価総額は、市場が予想する将来の収益の割引現在価値であり、金融機関は、成長が見込めるセクターには大量の資金を供給するであろうし、逆もまた真である。このように考えると、エクイティ及びデットの市場の規模の大きさは、将来の実物経済の大きさに対する市場の予測の反映に過ぎないこととなる。よって、金融部門の成長は先行指標ではあるが、実物経済の発展の原因ではない。こうした見方には一定の説得力があり、また、金融仲介が健全な経済の成長のエンジンになるというほどの力を持っているかどうかは明らかではなく、金融が実物経済の力以上に加熱すると単なるバブルが発生し、かえって実物経済を長い間にわたって損ねてしまう。このことは、我々自身も、ごく最近、日本において経験したところである。しかしながら、逆に、金融システムというのは実物経済の結果の反映に過ぎないのであろうか。

このどちらの考え方もある側面を的確に描写しているが、それだけに極端なものである可能性がある。必要とされることは、ファイナンスと実物投資の両面を同時に考えることであり、両者の間の相互関係を把握する必要がある。現実には、金融の機能が経済成長に果たす役割は小さくなく、ファイナンス・システムの適切なデザインが重要であることについては、経済学者、政策当局者等の間の共通認識となっており、改めて論じるまでもないであろうが、具体的な論点についてさらに掘り下げた議論が必要である。

現在の我が国においては、イノベーションの促進が重要な政策課題となっており、その観点からも、新しい企業の創出、新しい試みの出現が期待されている。ファイナンスの面でも、時代時代に適合したシステム造りが重要である。比喩を用いれば、植物がその芽を出そうとしているときにあまりに硬い土があると、出そうとしている芽がその土を壊せなくて成長しないこととなる。硬い土を耕してやることが必要であり、ファイナンスにおいても、古い制度とか古い仕組みというものが企業の誕生あるいは成長というものの阻害要因となることはしばしば見受けられるところであり、若い企業を如何に円滑に生んでいくか、あるいは、既存企業の新しい試みを如何に育てていくかについて、法律、会計、税制等様々な制度的側面を検討することが必要である。この政策シンポジウムは、これまでのファイナンスの理論及び実証両面の発展を踏まえ、そこから、今後の検討の一助となるべく、一定の示唆を見つけ出そうとするものである。以下で、討議を通じて得られた内容について紹介したい。

Making of Financial Marketその重要性

ファイナンスに関するスキームは、法律制度、会計制度に基づいて構築され、それは、各種プロジェクトや投機機会の前提条件を提供する。好ましいファイナンシャル・スキームの存在なしには、ファイナンス活動自体も、また、企業や投資機会も存在し得ない。こうしたスキームは、相当程度、その国や経済ごとの制度環境の影響を受ける。理論的に考えれば、完備契約の世界においては契約の実効性は法律システムにより担保されているので、こうした制度環境は通常大きな問題とはなり得ない。しかし、一旦、不完備契約の世界を前提とすると、契約、組織、法律は相互に影響しあっており、様々な制度間の関係はしばしば補完的である。こうしたことを考えると、各国・各経済が、ファイナンシャル・スキームのイノベーションを持続発展させ、適切なファイナンシャルマーケットを作り出していくことの重要性は、いくら強調しても、し過ぎではないであろう。

ここで全体の流れを振り返れば、標準的なコーポレート・ファイナンスの考え方では、企業観の基本はasset intensiveな企業であり、そういうイメージから、契約の束、契約の集合体として企業をとらえる考え方も出てきたと考えられる。そこでは、残余請求権は基本的には株主に帰着しており、株主価値の最大化が望ましいということとなる。そこでは、コーポレート・ガバナンスにおいては、株主の厚生の最大化がすべてに勝る唯一至高の原理となることとなり、そこから法律、制度等の面でのすべての議論が導出されることとなったと考えられる。そこで登場する重要な要素は、エージェンシー・コストであり、関係者が直面するインセンティブ構造の差異から発生するasset substitutionの問題、あるいはデットのoverhang等情報の非対称性からくる問題が議論されてきた。これに対して、コントロール権の配分という課題は、従来のそうした議論では分析できない新しい問題を明らかにする基礎となっており、不完備契約の理論が近年発展してきている。この点は、人的資源の重要性、イノベーションの重要性が一層増してきている今日においては、ますます大切な論点となっている。

そこから導き出すことが出来る1つの示唆は、成長ステージごとの適切なファイナンスのスキーム、インスティテューションは異なるということである。イノヴァティヴな起業はIPOまたは大企業による買収を目指している。最近では、IPOマーケットの変調、VCの「銀行」化が批評の対象となっているが、IPO前に重要なイノベーションが行われていることに変わりはない。

これまで、大企業、公開企業に関する議論は余りに多くなされてきたと言えよう。そこでは投資家はむしろ受動的な存在であり、企業経営に関して経営者と対等な存在ではない。大企業は、比較的、内部資金が豊富で、外部資金に頼らなくても良い存在であり、大半の実証研究は、データの制約もあり、実はファイナンスのあり方があまり意味を持たないような分野についてなされてきたと考えられる。これは、Modigliani and Miller(1958)理論の影響が、理論構築のみならず、現実社会の実証的な描写の面でもスターティングポイントとなっていたことを説明している。近年、データの充実と共に大企業以外の比較的小規模な企業等についても実証研究が進展してきていることは好ましいことであるが、依然として、アーリー・ステージ段階に関する研究の充実が望まれるところである。いずれにせよ、中小企業のみならず大企業を起源とするものも含め、イノヴァティヴな活動の行われ方自体についての関心はそれ程高くはなかったと言って良いであろう。

浮かび上がった方向性
完備性の追及と不完備性を前提にした対応=「車の両輪」

以下で政策的な観点からいくつかの点について論じることとしたい。以上の議論を踏まえれば、2つの方向性が浮かび上がる。

まず第1に、より市場の完備性を増す方向、情報の非対称性の問題を解消する方向を追求するという方向性である。VCは重要であり、エクイティの市場の成長も期待されるが、当分の間、規模的にはマクロベースで見て銀行の果たすべき役割は大きい。最重要の政策的課題の1つは、バンキングの真のリストラクチャリングであろう。ここでの問題意識は、金融仲介機関がより効率的に機能するにはどうしたらよいかということであるが、アメリカでは、比較的規模の大きな銀行が中小企業金融やリスクマネーの分野でもシェアを伸ばしている。その際、リスクの切り分けや標準化が重要な課題となり、格付け機関の成長、証券化の発展等が対になることとなる。

預金は2つに大別することが考えられる。1つは、決済性の預金であり、もう1つは貯蓄性の預金である。後者については、MMFの利用をメインに想定しているが、これまでのような国債を中心にしたオペレーションではなく、ある程度のリスクを伴うマネーとして、証券化された資産に投資することが考えられ、いわゆるアセット・バックタイプの金融(ABS※)を発展させていくことが期待されている。

ABSのように証券化し、幅広い資金提供者から資金を集めていく方向性の場合、当然、IPOと同様に、商品の標準化等に伴うコストという課題があるが、急速に発展した不動産についての証券化(REIT)のみならず特許権のように知財権の中でも客観性がある程度あると考えられる部分について更に進展を図ることが考えられる。また、この関連では、信用リスク評価手法の改善等も重要なテーマとなる。例えば、信用リスクの計量化における構造型アプローチをさらに深化させることが考えられる。このアプローチは、企業の会計情報から保有する株式や債券の価格や倒産確率を算出するものであり、バランスシート・アプローチとも呼ばれる。構造型アプローチでは企業の資産価値を確率過程として外生的に与え、将来の契約によって定められた時刻における資産価値の分布を求め、契約によって定められた額をどれぐらいの確からしさで返済できるかを推定する。これを初めてモデル化したのはMerton(1974)であるが、倒産費用の問題や、短期債債権者が長期債債権者を兼ねる場合等をモデルに組み込む試みは既にスタートしており、信用リスク分析の結果がこれまでとは大きく変わる可能性もある。日本では近年関係が薄くなってきたとの指摘があるとは言え、いまだにメインバンク的な要素が強く残っていること等を勘案すると、今後、実証研究を経て実用可能な分析ツールが発展することが強く期待される分野である。こうした信用リスク評価手法の活用等により、銀行等の金融機関の活動内容も変化することが期待される。小さな企業への貸し出しについて中小の金融機関だけではなく大銀行もより積極的に取り組んで行くことも期待されるところである。

なお、金融システム全体との関係について少々言及すると、こうしたシステムにおいては、預金保険機構等で守るべきところは決済性の預金であり、金融危機への対応策もより講じやすくなると考えられる。

もう1つの方向性は、不完備性や情報の非対称性を前提として、その中でイノベーションにふさわしい企業形態やファイナンシャル・スキームを考えていくというものである。契約で規定出来ないようなことが数多く企業には存在して、さらに、そこに重要な問題が潜んでいるのであれば、こうした方向性を考えることの意義は大きい。Grossman and Hart, Hart and Moore等によって提示された考え方に沿えば、所有権の配分の問題が、非常に重要になる。所有権は、一般に次の3種類の権利を意味しているとされている。(a)control meaning the right to make decisions about how to use them,(b)entitlement to income produced by them,(c)alienation meaning selling one or both of the control and income rights, fully or partly, to someone else: Dixit(2004)human knowledge intensive firmは、マルチプルな重要なステークホルダーを持っていることが多く、そうした場合には、所有権をさらに細かく、コントロール権、即ちデシジョンのオーソリティーの問題と、財産権、つまり、インカムストリームを受ける権利に区分して、各々ごとに最適な配分を考える必要が出てくる。さらには、そういう権利をどこかへ移転・売却してしまう権利、この3つを区分して議論をする必要があることとなる。

コントロール権(a)、利益配分の請求権(b)、及び、それらの移転に関する権利(c)のうち、既に、前二者についてはこれまでも触れてきているが、各々について、個別のケースごとにフレキシブルな扱いを可能にしていく方向性が重要であろう。所有権をアンバンドルし、さらに、様々なガバナンス・メカニズムの実効性とその関係者の範囲に応じて柔軟な対応が可能となるようにしていくということであり、コンセプチュアルには"unbundled and relational property rights"という考え方である。既に、例えば、議決権が制限された株式や特殊株のように、コントロール権にバリエーションを与えるいくつかの試みは既になされている。しかしながら、その導入のタイミングや実効性は、国や経済ごとに少なからず異なっている。また、人的資本の貢献に大きく関係する職務発明等について、標準的なプラクティスが見えてくること、あるいは、それに関連する利益配分等について柔軟性が確保されること等も重要な課題であると考えられる。さらには、コントロール権の移転の状況に関しての差異も小さくない。実際、MBOの動向は国、経済ごとに大きく異なっている。今後とも、形式的に法律制度の整備が進んだとしても会計制度、税制等密接に関連する諸制度の進展がないと実効性に乏しいものとなる可能性も大きいことを念頭に置きつつ、LLC、LLP等の柔軟な組織法制、閉鎖型の企業形態の発展等を担保するような制度環境の拡充・整備を続けていくことが必要である。

以上の通り、2つの方向性が示されたが、これらはその一方を進めればよいといった性格のものではなく、両者とも、いわば「車の両輪」として、今後我が国が追求すべきものであると考える。政策当局も含めての論議の発展を期待したい。

※ABS…Asset Backed Securities(アセットバック証券)。各種の債権や商業用不動産などの資産を裏付けとして発行される証券の総称。

2006年5月22日掲載