仕事と生活調和 基本法で

樋口 美雄
RIETIファカルティフェロー

仕事と生活の調和(ワーク・ライフ・バランス)を促進するために、基本法を制定すべきである。雇用が多様化するなかで、今国会で審議されるような労働関係法案に加え、地域密着型で仕事と生活の調和を進めるとともに、それを日本全体の流れにしていく必要がある。

労働関連法案審議目白押し

今通常国会は「労働国会」と呼ばれるほど、一連の労働関連法案の審議が予定されている。均衡処遇強化を目指すパート労働法改正案、生活保護との整合性を求める最低賃金法改正案、年長フリーターの雇用促進をねらう雇用対策法改正案、労働契約ルールの明確化を目指す労働契約法新設案などが政府・与党から提出される見込みである。

労働基準法改正案のうち、法定残業割増率の引き上げは提案される一方、自立的裁量的に働く人を労働時間規制から外すホワイトカラー・エグゼンプションの提出は見送られそうだと報じられているが、これらはいずれも雇用形態や職務の多様化と関連している。

近年、わが国では雇用形態が多様化し、正社員の間でも職務の高度化・専門化により、個別雇用管理が進展した。総務省の労働力調査などにより、雇用情勢が深刻さを増した1998年から昨年までの雇用者数の推移を見ると、役員を除く正規雇用者数は450万人(12%)減少したのに対し、パートやアルバイト、嘱託、派遣労働者などの非正規雇用者数は490万人(42%)増加。その結果、非正規割合は24%から33%に上昇した。

この背景には、少なからずサービス経済化の影響もあるが、それ以上に各産業内での非正規雇用増加の影響が大きい。

これに伴い若年層を中心に所得格差の拡大が見られ、階層の固定化が進展。晩婚化や少子化にも少なからず影響している。正社員も職務の高度化・専門家が起こり、もはや集団的雇用管理による画一的な働き方を想定した労働法では対応しきれない。政府は各種の個別法制定で対応してきたが、今回の一連の法案はそれをさらに強化しようというものである。

柔軟・多様な働き方重要に

正規雇用者の減少、非正規雇用者の増大の背景には、長期の景気低迷の中で、人件費の固定費化を避けたいとの企業の思いがある。さらにグローバルな競争激化の中で、人件費を抑制したいとの考えも強く働いている。一方で硬直的でなく柔軟な働き方を求める人々の考えが反映しているのも事実である。急激な少子高齢化を伴った今後の人口減少社会では、性や年齢にかかわりなく、個人が意欲と能力を発揮できる環境が必要で、このためには多様で柔軟な働き方が選択肢として用意される必要がある。

それでは均衡処遇や正規労働者への転換の促進だけで問題は解決できるのだろうか。非正規による代替が進んだ結果、残された正規労働者1人当たりの仕事量は増え、職責は重くなった。この結果、週60時間以上働いている長時間労働者が大企業を中心に増加し、男性雇用者に占める比率は94年の13%から04年の18%へ上昇した。

昨年暮れに発表された新人口推計(中位推計)によると、50年後、14歳以下の年少人口は現在に比べ約6割減り、65歳以上の老年人口は逆に4割増える。他方、15歳から64歳の生産年齢人口は約3800万人、45%減少。総人口も減って人口9000万人時代を迎える。中でも注目されるのが社会的扶養率である。現在、1人の高齢者を3.26人の生産年齢人口で支えているが、55年には1.26人で支えなければならないと予想される。

こうした社会では、就業率を引き上げ、質と量の両面で人材を有効活用しなければならない。これまでの企業と正社員の間には、誇張して言えば「保障と拘束」の関係があった。企業は正社員に家族手当などを支払い、生活を保障する代わり、その代償として長時間残業や頻繁な転勤といった拘束をかけてきた。その半面、この拘束に耐えられない労働者は生活保障の対象から外され、非正規労働者として天井の低い補助的な仕事しか与えられてこなかった。

他方、労働者側も、非正規労働の大部分を主婦パートが占めていたこともあり、家計の補助的稼得者として受け止められ、他の先進国より賃金格差が大きいにもかかわらず容認されてきた。それが最近、今後、世帯主になると期待される若者までがそこに組み込まれることで、社会は問題視するようになった。

はたして仕事を進める上で、こうした拘束が本当に必要か、企業は再検討を迫られている。今年4月に施行される改正男女雇用機会均等法での間接差別禁止は、まさにこうした考え方のもと、企業の雇用管理の見直しを迫るもので、ワーク・ライフ・バランス(WLB)の促進と相通じるものがある。

WLBとは、働き方を見直し、個人が私的生活を充実させ、同時に企業も仕事の進め方や中身を再検討し、時間当たり付加価値生産性を高め、業績を向上させることを意味する。多様で柔軟な働き方のできる状況を作れば、少子高齢化社会における人材の有効活用を促進する一方、男女が協力することで仕事と育児の両立が可能になり、少子化対策にもつながる。

わが国でもWLBの実現に取り組む企業が増えてきた。兵庫県のデータ入力・加工の中小企業では、3年間かけてパート社員の賃金を時給換算した正社員の水準にまで引き上げ、管理職を含む社員全員に能力や仕事の難易度、成果に応じて決まる時給制を適用し、時間比例の処遇制度を実現した。これにより翌月の日々の就業予定時刻をあらかじめ自己申告し、決定できる自由出勤制度が導入された。

その結果、近所の大企業で教育訓練を受けたものの、時間の拘束が強いために退職せざるを得なかった優秀な人材を新たに採用できるようになり、企業収益も拡大したという。社員が都合により1度帰宅しても、再出勤できるなど地方ならではの職住接近のメリットを生かした中小企業の対策として注目される。

他方、東京の大手メーカーでは、女性の両立支援を進めてきたが、妊娠や出産を機に退職する人が後を絶たず、男も含めた働き方の見直しが必要との結論に至った。そこで日々の仕事内容を各自が書き出し検討した結果、無駄な仕事が多いことが判明した。そこでこれらをなくして残業を削減。働く者と企業双方にとって、WLBの成果が上がっているという。

縦割り政策排しパッケージ化を

本来、ホワイトカラー・エグゼンプションの導入にも、個々人が効率的な仕事の進め方を自立的に選択し、WLBを実現させる狙いが込められている。ただ、社会の混乱を避け、その狙いを円滑に実現するには、職務が明確にされ、公平で的確な業績査定が行われるなどの前提条件が不可欠である。労使はこうした前提条件をいち早く満たすべく、働き方や仕事の進め方について、具体的に協議し改革していく必要がある。

いずれにせよ、WLBは「暮らし」の問題だけに、その具体化には地域に密着した取り組みが有効である。すでに自治体の中には、育児支援などとも連携させながら労使団体との三者合意を交わし、企業の好事例を探し、それを参考に他社へ助言・普及活動を始めたところもある。企業はその地域で良好な雇用機会が十分創出され、採用難の状況にあるときに、WLBの必要性を強く感じる。

欧米の先行事例を見ても、地域特徴を生かし実情に即した地域提案型の雇用創出策が実績を上げており、これを国が資金や情報、人材面でサポートしていく地域雇用戦略が有効である。これらを実現する上では、地域のキー・パースンとなる人材を地域の内外から発掘し、支援していく体制が求められる。

こうした地域の動きを日本全体の大きな流れにするには、国レベルでの関与が必要になる。例えば、均衡処遇の強化や能力開発支援といった一連の雇用政策はもちろん、税制や社会保障制度の改革、産業政策や教育政策との連携なども必要だろう。そのためには、今後の日本を見通したグランドデザインを描き、そのもとに政労使の果たすべき役割を明記した「ワーク・ライフ・バランス推進基本法」を制定すべきである。各府省も理念を共有化し、縦割り行政の弊害を排し、ビジョンに向かった1つのパッケージとして政策を展開していくことが求められる。

2007年2月2日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2007年2月15日掲載

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