「ワークシェアリング」というテーマが最近、議論されるようになりました。その背景にある日本の経済問題、失業先進国ヨーロッパ等におけるワークシェアリングへの取り組みと成果、さらに、日本は何ができるのか、という形で話を進めさせていただきます。
私たちは四年くらい前からこの議題を研究してきました。当初、ほとんど見向きされなかったのが、昨年9月くらいから急に議論が盛り上がってきました。背景にあるのは、労働市場の悪化です。過労死する労働者がいる一方で失業のために自殺する労働者がいる、というような矛盾を何とかできないか、その解決方法としてワークシェアリングを活用できないか、という意識が起こってきています。
昨年9月以降、雇用収縮がはっきりしてきました。8月の失業率が5.0%となって世間を驚かせましたが、9月は5.3%、10月5.4%、11月5.5%、12月5.6%と、5%台というのが定着しています(図表1)
労働力調査上の失業者は、1)過去一週間、所得にかかわる労働を一時間もしなかった(完全失業)、2)過去一週間内に求職活動をした、3)仕事があればすぐ就職可能、という三つの条件すべてに当てはまる人を指します。今まで女性の失業率が低かったのは、景気が悪化すると求職活動をやめ2)の条件にあてはまらなかったためで、最近は女性の継続求職、継続勤務が増加しています。労働意識の変化に加えて、夫の所得が減って妻が働かざるをえないという事情があります。
昨年8月まで総雇用者数は対前年、対前月で増加していましたが、これは女性雇用者数の増加によるもので、男性はほぼ横ばいでした。9月以降は女性の増加が止まり、男性は減少に転じました(図表2)。過去の景気後退期にはパート労働者が削られましたが、今は男性正社員を切って女性とパート労働者を増やしています。正社員比率の高い製造業から非正社員比率の高いサービス業への構造転換が原因とされていましたが、2000年ぐらいからは同一企業内における正社員減・パート労働者増という代替関係が鮮明になってきました。
失業には需要不足と雇用ミスマッチ(構造的失業)という2つの要因があり、UV分析によると5%のうち3.9%はミスマッチ失業、1.1%が需要不足失業とされています。が、ミスマッチ失業といいながら、実はかなりサイクリカルに動き、景気が悪化すると増加する・・これを果たしてミスマッチ失業と呼ぶべきか疑問です。人手が余っているので厳しい条件でも雇用が確保でき、その結果がミスマッチ失業の増加だと思います。
政府がやってきたのはミスマッチ失業の解消です。求人・採用で年齢制限廃止に向けた企業努力義務を課す法律の制定や能力開発への資金投下など、対策をとってきましたが即効性はなく、雇用創出の手段としてワークシェアリングに関心が集まっています。ワークシェアリングによって雇用を維持し、労働流動化と産業構造転換を促進することが、個人だけでなく国全体、マクロ経済的にも大切だということです。
欧米における経験と、参考とすべき問題点について考えてみたいと思います。
まず、60年代後半から70年代にかけ、ドイツで労働時間短縮・シェアによる雇用維持を労働協会が要請しましたが、これは、時短しても給与は変えずに雇用を守ってほしいというもので、経営側は激しく抵抗。(企業別交渉に先立つ)産業別交渉で合意に至ったものの、企業ベースでは拒否するケースが多く、実際に導入したのはドイツ全体で30社程度でした。
90年代に入って、ドイツのフォルクスワーゲン社がワークシェアリングを導入しますが、これは、経営側の二万人雇用削減計画発表に対し労働組合が提案したもので、このときは組合側も給与削減を受け入れました。9.11事件以降、アメリカの航空会社はレイオフを発表していますが、ルフトハンザは週五日労働を週四日に、給与を80%に削減することで労使が合意しました。ドイツには兼業規定がないので、従業員はアルバイト・自営をするということで落ち着いたわけです。
日本でワークシェアリングを実施するうえで兼業は重要な問題です。今は兼業規定があって会社を辞めない限り自分で事業を始められませんが、規定を緩めることで企業に勤めながら起業する、ということが出てくるかもしれません。
フランスでは、政府主導で法律によって週40時間制から39時間制に、2000年から35時間制に変更、時間短縮によって雇用維持・拡大すべくワークシェアリングが実施されていますが、ここでも給与が問題になりました。39時間制に移行するとき給与は変更されず、そのために雇用拡大につながらなかったという批判があります。三五時間制への移行時は、給与カットに対し労働組合が抵抗し、ワークシェアリング実施企業に対して政府が助成金を出しました。
今注目されているオランダは1982年、失業率12%超という状況のなかでワークシェアリングを導入し、その後失業率は2000年3%、2001年9月現在で2.1%まで下がりました(図表3)。
オランダのワークシェアリングは、二段階に分けられます。緊急避難段階では、既存労働者の労働時間短縮による雇用維持に合意しましたが、その際、労働者は給与減、政府は減税・社会保険料軽減、雇用主は労働時間に連動しない人件費(企業福利、能力開発など)の負担継続という形で痛み分けしました。ドイツ・フランスはこの段階で終わるか政府主導となったのに対し、オランダは雇用形態を多様化し、パート労働者を増やす形で雇用拡大につなげました。オランダのワークシェアリングでもう一つ注目すべきは、少子高齢化が進むなか、女性や高齢者の働き方に大きな影響を与えた点です。87年から働く女性が急増、その7割がパートタイム労働者です。男性の55~64歳も93年以降増加、積極的な労働市場参加が見てとれます。
日本も雇用形態多様化を推進すべきとの声がありますが、その際、パートタイマーの位置づけが問題です。オランダでは、女性のパートタイマーとフルタイマーの賃金格差は七%程度なのに対し、日本は賞与まで含めると約44%です(図表4)。男性100対女性60という男女賃金格差も合わせると、男性正社員の3分の1程度しか女性パートタイマーには払われていません。この格差を是正せず多様化をすすめると、低賃金労働者が増加する可能性があります。
ワークシェアリングを類型化すると、1)景気動向に合わせて緊急避難的に労働時間・日数を削減、2)一人分の仕事を月水金と火木土、午前と午後という形で分担、3)高齢者の時短徹底、あるいは、現役世代の残業時間を削減して高齢者を雇用、4)オランダ式の雇用形態多様化、という4つのタイプに分けられます。
緊急避難的に行うのか、それとも恒常的な働き方の構造改革につなげていくかという問題がありますが、緊急避難的対策をやる場合もやはり、長期的な視点が必要です。
緊急避難的対策を考えるうえでも、給与の削減が問題になりますが、現在、各企業の労働組合は月々の給与は変えずボーナスを削減する方向で交渉しています。これをもう少し続けるということになると、月々の給与の削減も当然、議論されなければなりません。パートタイマーと正社員の賃金格差等も視野にいれて、なぜ正社員には高い賃金が払われるのか、さらに、年功的な賃金がなぜ支払われるのか、ということも議論すべきです。
生活給はこれまでの給与体系の根幹ですが、これは基本的になくしたほうがいいと思います。企業が出すのは勝手ですが、結果として、労働者も(年齢とともに上がる)生活給を期待することによって自分たちの雇用をおかしくしてしまう可能性があるからです。
ワークシェアリングは日本にはなじまない、適用できるのは一部のブルーワーカーだけだ、という見方もあります。たしかに、今までの働き方のままワークシェアリングを実現しようとするとそうかもしれませんが、導入を前提にどういうような働き方があるか考えることもできます。今の職務設計は残業を前提として業務量が設定されていますが、少子高齢化が進めば、それに耐えうる若年男性の人数は限定されてきます。
残業に耐えうる人たちだけが能力を発揮できる社会でよいのか、仕事も生き方も、新しい社会の流れのなかで見直されるべきです。
質疑応答
- Q:
職務の再設計は、職場を魅力あるものにするということで、意識的に取り入れていくべきだと思います。労働時間を短縮するとアメリカでは新産業が起こるのに、日本はそうならない。週4日間労働になると少しは違うかもしれません。同業他社で働くことを規制することは必要ですが、新しい事業を始めることをOKにしたらよいかと思うのですが。
- A:
労働時間短縮は、優秀な人材にチャンスを与える意味でも重要だと思います。
労働時間と生産性の関係については、スイス研究機関が出している国際競争力のランキングによると日本が23位か24位、オランダはアメリカに続いて第3位、労働時間の長さと競争力というのは別だと思います。
兼業規定ですが、兵庫県がいち早くワークシェアリングを実施、職員の残業を減らし、余ったお金で新規採用しています。新規採用された人たちは短時間雇用で、多くは弁護士の勉強など、自己啓発に時間を使っています。こういうことが長期的には開業率を引き上げていくと思います。- Q:
過度に養護されている正社員と冷遇されているパートに二極化しています。ワークシェアリングを考えるうえで、両者をもう少し真ん中に寄せていくことが必要ですが、パート労働者の賃金を上げるのか、正社員の賃金を下げるのか、現実的なやり方はどちらでしょうか。
- A:
両方を変えるべきです。正社員の給与体系を変え、パートの雇用条件も改善すべきです。難しい試験を受けて入社した正社員と、1~2回の面接で入ったパートが同じではおかしいという議論がありますが、本当に区別する必要があるのか、労働組合も変わるべきです。