Research & Review (2004年4月号)

企業の組織再編がその後の付加価値や生産性・雇用・賃金に与える影響

樋口 美雄
ファカルティフェロー

松浦 寿幸
研究スタッフ

分析の目的

企業における事業組織の再編は、その企業の実質付加価値や労働生産性、雇用者数、賃金にどのような影響を与えているのだろうか。

企業でリストラが進んだ結果、わが国では90年代に入り雇用が大きく失われ、大量の失業者が生み出されるようになったといわれる。確かに、完全失業者数の推移を離職理由別に見てみると、勤め先や事業の都合等の非自発的理由により離職した失業者数は、1992年の32万人から2002年の151万人に5倍近く増えた(総務省『労働力調査』)。しかも非自発的離職失業者のうち、64%が世帯の中核的稼得者である25歳から64歳の男性により占められている。今日、増大している家計の所得不安や雇用不安の原因は、これまで雇用保障を重視してきた日本企業がその方針を転換し、安易にリストラを行うようになったことにあるといわれる。

だが、もしも企業がリストラを行わなかったら、本当に失業者は増えなかったのだろうか。どんなに企業が頑張って雇用を守ろうと思っても、それが製品コストを引き上げ、競争力を失わせてしまったのでは、企業は経営危機に陥り、倒産するところが増えることも予想される。実際には企業倒産にまで至らなくても、受注量が低下し、雇用を削減せざるを得なくなったところも多いのではなかろうか。はたして、リストラの実施は、企業のその後の競争力にどのような影響を与え、雇用者数や従業員の給与にどのような影響をもたらしたのか。

一言でリストラクチャリングといっても、その内容は企業によって様々である。ここでは事業組織の変更を実施した企業と実施しなかった企業を取り上げ、両企業におけるその後の実質付加価値額や労働生産性、さらには雇用者数や賃金の変化を比較することにより、組織再編の効果について検討してみたい。もちろん事業組織の変更といっても、企業により実施規模や内容は異なっており、効果も違うであろうが、ここではその平均的な姿を追うことにより、今後の企業組織の再編に関する議論の素材を提供したい。

この種の分析を行うときに厄介なのが、対策を実施してから効果が生まれるまで、一定の時間がかかることである。リストラの直後は、雇用者数も減り、賃金も低下し、労働者にとって悪影響ばかりが目に付くかもしれない。しかしもしもリストラの結果、企業の競争力が高まり、倒産が回避され、結果的に大量の失業者の発生が未然に阻止されたとなれば、結論は大きく異なってくるはずである。あるいは逆にリストラの直後は影響が現れなくても、その効果がじわりじわりと浸透し、一定の時間が経過してから、雇用への悪影響は現れるかもしれない。

効果が時間とともに変化する以上、一時点のデータに基づき分析をした場合、結論はゆがんでしまう可能性が強い。長期にわたる効果を正確に把握するには、どうしても同一企業を複数年にわたり追跡調査したパネル・データが不可欠である。本稿では、経済産業研究所がこれまで経済産業省の『企業活動基本調査』に基づき、開発してきた企業パネルデータを用いて、計量分析を行っていくことにする(※1)

『企業活動基本調査』によるパネルデータ

『企業活動基本調査』は1992年に始められ、現在も引き続き実施されている調査である。調査対象企業は、経済産業省所管の製造業、鉱業、卸小売業、サービス業の従業員数50人以上、かつ資本金3000万円以上の企業である。この調査の特徴はおよそ2つある。1つは、従来の「工業統計」等の事業所調査とは異なり、企業を対象とした調査であるということである。原材料と生産量といった生産活動についての分析であれば事業所統計で十分であった。しかし、企業の組織変更や海外進出、研究開発の取り組みが収益率や企業競争力、雇用にどのような影響を与えているかなど、企業全体で取り組んでいる経済活動の影響について分析する際には、従来の事業所統計では対応できない。企業を対象とした統計が必要となるのである。

もう1つの特徴は、各企業に永久企業コードが付与されており、このコードを使えば、複数年にわたり同一企業を追跡調査することができるように設計されていることである。本稿ではこのデータを使って、企業組織変更を行った企業と行わなかった企業のその後の企業パフォーマンスや雇用、賃金の変化を比較検討することにより、企業リストラの効果に関する時間的変化を分析した。

企業の組織変更と企業成長

『企業活動基本調査』では、1992年に実施された第一回調査において、過去3年間に事業組織の変更を行ったかどうかを調べているので、この質問項目を用いて分析する。

その際に注意を要するのは、組織再編以外の要因も企業パフォーマンスに影響を及ぼしていることである。たとえば業種によっても、各企業におけるパフォーマンスは異なるであろうし、研究開発活動などによっても各企業の技術力は影響を受けるはずである。そこで、これらの考えられる要因を説明変数に加え、各種の企業成長率を被説明変数とすることにより、計量経済学の手法を用いて、組織再編の効果を分析することにした。

古くから、企業パフォーマンスは、どのような成長要因による影響を受けているだろうかという視点から分析が行われてきた。それらの研究によると、企業規模が大きければ大きいほど、そして企業の設立時期が古ければ古いほど、企業の倒産確率は低下する一方、残存企業の成長率は低下する傾向にある(※2)。本研究では、これらの分析成果を踏まえ、企業倒産への影響も考慮した分析手法を用いることにより、企業の組織再編とその後の企業パフォーマンスの変化についての分析を行った。

本研究で用いた基本モデルは、次のような式で示される。

前述した2本の方程式に関する同時尤度関数を最大にするよう、係数を推計し、統計的有意性を検証した。その結果、企業倒産に与える組織変更の影響は有意ではなかったために、以下では、(2)式に基づき、存続企業について、その企業の成長率に与えている組織再編の効果について議論していくことにする。

企業成長率itは、t年のi企業の成長率である。ここでは成長率は雇用者数、付加価値で測るほか、企業パフォーマンス指標として付加価値生産性上昇率と賃金成長率を用いた分析も行う。企業規模としては従業員数をとり、企業年齢は、(調査年マイナス設立年)により求める。組織再編ダミーは、i企業が組織再編を行った企業であれば1、そうでなければ0をとる変数である。(経過年数t)は、組織再編を行ってから何年経過したかを示す変数である。最後の、(組織再編*経過年数)の交差項は、組織再編ダミーと経過年数を掛け合わせた変数であるが、この係数η3は、組織再編を行った企業のその後のパフォーマンスが、組織再編を行っていない企業とで、どの程度異なるかを示すと考えられる。このη3に対して、組織再編ダミーの係数η1は、組織再編直後の企業パフォーマンスが組織再編を行っていない企業との間で、どの程度異なるかを示すと解釈できる。本研究では、ここで紹介した変数以外に、研究開発売上高比率、販売先の集中率、産業中分類ダミー、外国資本比率などを加えて分析している。

企業の組織変更は付加価値・労働生産性上昇率を引き上げているのか

分析結果を示したのが、表1である。各変数の上段の数字は推定された係数を、下段のかぎ括弧の中の数字はt値を示している。t値は各変数の統計的有意性を示すもので、これがおよそ1.96よりも大きな値をとっていれば、95%の確率でその変数が被説明変数に影響を与えていることになる。

表1 組織変革が企業パフォーマンスに与える影響 - 企業成長率モデルの推定結果 -

まず、事業組織の変更が企業パフォーマンス、すなわち、実質付加価値成長率、労働生産性上昇率に与える効果をみてみよう。表1の第1列目と第2列目がそれである。まず、付加価値成長率であるが、組織再編ダミーと経過年数の係数は正、両者の交差項は負になっているものの、いずれもt値が1.96を下回っている。これは、計測された係数の信頼性が十分でないことを意味するので、付加価値成長率については、組織変更を行なった企業と行なわなかった企業との間に大きな差異は存在しないと判断できる。一方、労働生産性上昇率についてはどうか。組織再編ダミーの係数は正でt値も高く、事業組織が変更された直後は、労働生産性が大きく上昇していることがわかる。しかし、組織再編ダミーと経過年数の交差項の係数が負であるので、組織再編による効果は時間の経過とともに薄れていくことを示す。

では、ここで示された組織再編による企業パフォーマンスの改善効果は、雇用の拡大に結びついているのだろうか。

企業の組織変更は雇用を減らすのか

第3列は、企業成長の指標として雇用成長率を用いて、これに与える組織変更の影響を分析したものであり、t値がいずれの変数も高く、有意な効果を与えていることになる。個々の係数に着目すると、組織再編ダミーの係数は負の値になっている。この結果は、組織再編の直後は、雇用は減少していることを示す。一方、組織再編ダミーと経過年数の交差項は、正の値をとっている。これは、組織再編を行っていない企業に比べて、組織再編企業では、その後の雇用成長率が相対的に高くなっていることを示す。この係数によって示される雇用成長率のパスを示したのが図1である。

図1 事業組織変更後の常用雇用者対前年変化率の推移

図1から分かるように、組織変更を行なわなかった企業に比べ組織変更を行った企業では最初雇用は大きく減少する。変化率はマイナスで、従業者数は減少しているが、再編を実施してから4年が経過したころから、その減少率は実施しなかった企業を下回る。すなわち組織変更を実施した企業では、平均的に言って、実施直後に雇用は大きく削減されるが、時間の経過とともに削減率は低下し、4年目以降には実施しなかった企業よりも雇用が守られる傾向にあることがわかる。雇用成長率に組織再編を行った企業としなかった企業で差が出ているのは、すでに見たように両者の間で企業パフォーマンスの回復に差があることが要因の1つとして考えられよう。

組織変更の成果の賃金への影響

さて、企業の組織変更は平均的に見て1人あたり付加価値を拡大させる一方、これが実施されて数年間は雇用を減らすことによって労働生産性を引き上げる効果をもっていることが確認された。だが、はたしてこうした企業競争力の強化は残った労働者にとっても、賃金引き上げという形で経済的便益をもたらしているのだろうか。『企業活動基本調査』では現金給与総額が調べられているから、これを従業者総数で割って、1人あたりの賃金を求め、この変化率を被説明変数として組織変更の効果を分析してみよう。結果は、表1の第4列目に示されている。組織変更実施ダミーも、また組織変更ダミーにこれが実施されてからの経過年数を乗じた変数も、ともに有意でなく、これらの係数は統計的な信頼できないので、組織変更は賃金に影響を及ぼしていないと判断される。すなわち企業の組織変更は、労働生産性の向上にはつながるが、それを反映して賃金が引き上げられるまでには至っていない。

結びにかえて

本稿では、企業パネルデータを用いて、企業の組織再編がその後の雇用や労働生産性、そして賃金にどのような影響をもたらしているかを検討した。従来、企業の組織再編は、雇用を減らし、失業率を押し上げる大きな要因として取り上げられることが多かった。しかし、今回の分析結果に基づくと、企業の組織再編は一時的な雇用の減少をもたらすものの、その後、これを実施しなかった企業に比べれば、雇用の落ち込みは少なくてすんでいることが分かった。ただし、平均賃金で見る限り、組織再編の成果は雇用者に還元されるまでには至っていない。

今後、1990年代より続く企業組織再編が労働市場にどのような影響を与えたかを明らかにするためには、本研究からさらに踏み込んだ分析が必要となる。たとえば、組織再編の形態をいくつかに分類し、どのようなタイプの組織再編がどのような状態で行われると、企業パフォーマンスの向上や雇用の拡大につながるかといった研究が求められる。さらに、その効果が実施時期や実施規模によってどのように異なっているかについても検討する必要もあり、今後、分析期間を延長し分析していくことも必要であろう。

脚注
  • (※1)本研究は、経済産業研究所における労働移動研究プロジェクトの研究の一環として行われたものであり、樋口美雄・松浦寿幸(2003)「企業パネルデータによる雇用効果分析~事業組織の変更と海外直接投資がその後の雇用に与える影響」経済産業研究所Discussion Paper 03-J019による分析をさらに改善したものである。データセット作成にあたって、個票データを使用しているが、データの使用に際して、統計法における目的外使用の許可を得ている。
  • (※2)企業成長の分析については、たとえば、樋口・新保(1999)、安田(2001)を参照のこと。
文献
  • 樋口美雄・新保一成(1999)「日本企業の雇用創出と雇用喪失」『三田商学研究』42巻5号
  • 安田武彦(2001)「企業成長と企業行動・加齢効果―日本の製造業を中心とした報告―」『わが国企業における統治構造の変化と生産性の関係に関する調査研究』機械振興協会経済研究所

2004年5月19日掲載

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