「東アジア戦略」研究報告 「現地化」遅れる日本企業

深尾 京司
ファカルティフェロー

東アジアに進出する日本企業は、いわゆる「現地化」に関して欧米企業に後れをとっている。欧米企業に比べて収益力で見劣りするのもこのためであり、特に調達や雇用の面で日本企業は戦略を再構築する必要がある。

日本企業の東アジアにおける戦略は国際的にはどのように評価できるのか。部品調達や人材、資本など現地資源の上手な活用が事業効率を高め、収益にもつながると考えられるが、日本企業はこうした現地化が遅れていると言われている。日本経済研究センターでは調達・販売、雇用、研究開発など様々な側面から日本企業の「現地化」を分析し、進展度合いと将来に向けた課題を探った。

日本企業の調達 日系企業に偏重

この研究プロジェクトは国内外の22人の研究者が参加、9のテーマで構成した(筆者は主査)。データ収集に制約があり、こうした包括的な国際比較研究は今まであまり例がなく、各国企業の戦略の違いを定量的に確認する意義は大きい。

プロジェクトの大きな柱の1つは、企業が販売・調達戦略をどのように行っているのかという点にあった。東アジアでは貿易構造が大きく変化している。各国がそれぞれ得意な製品に特化するのではなく、同じ製品の工程を分担し合う工程間分業が大きなシェアを占めている。その貿易データから、販売・調達戦略のあり方が読み取れる。

東アジアに展開する日米企業を比較したところ、販売先(進出国、投資企業の母国、第三国)の比率にほとんど差はなかった。調達面では現地法人が本国の親会社からの輸入などを通じ、すべて企業内部でまかなう企業内取引の比率が低下し、現地企業など外部の資源も活用する企業間取引、すなわちアウトソーシングが拡大している。

こうした企業戦略を理論的な側面から考察してみよう。企業には主に、現地の事業拠点を完全に傘下に収める統合と、外部企業からの調達に依存するアウトソーシングという2つの選択がある。

多国籍企業論では、生産が技術集約的で本社が重要な地位を占める場合は統合が最適で、逆に労働集約的生産では現地企業の重要性が増し、アウトソーシングが最適になるとされる。東アジアでアウトソーシングが拡大しているのは、同地域がどちらかといえば労働集約的な生産拠点とみなされているためだろう。

ただし、個別の国やその中の個別産業に焦点を絞った場合、日本と他の国の企業の間には大きな違いも見受けられる。

中国に進出する様々な国籍の自動車関連のミクロデータを使った分析では、日本の自動車メーカーは日系の現地部品メーカーからの調達が中心で、中国や他の国籍の企業からの調達が少ないことが確かめられた。これは、部品メーカーの技術力(生産性)や企業規模、取引コストに影響する自動車メーカーとの距離などの点を考慮した上で得られた結論である。

一方、国籍を問わず、部品メーカーは日本の自動車メーカーとの取引で生産性が上昇することが認められ、この関係は他国籍の自動車メーカーでは観察されなかった。単なる下請けではなく長期的取引を通じ相互に技術を高めていくという日本的慣行が海外にも移植されている可能性がある。

タイに関しては自動車、エレクトロニクス分野の日米欧アジア合計246企業を独自に調査した。販売、調達面では特にエレクトロニクス産業において、欧米勢はタイの地場企業との取引に積極的で、日本企業のようにタイに立地する同じ日本企業から主に調達するやり方との違いが浮き彫りになった。生産に使われる機械設備でも日本企業は日本からの輸入に依存する傾向が強い。

現地社員管理 親会社はせず

雇用戦略は、アジアに事業展開する日米欧企業の本社・子会社、合計約20社に幅広くインタビュー調査を行い、日本企業は(1)本社が海外の日本人駐在員だけを直接管理し、現地人のマネジャーや社員は対象外(2)世界的に共通した人事管理システムは利用しない――という特徴が見られた。

米国は日本とは反対で、国籍に関係なく全シニアマネジャーを本社が管理し、人事管理システムも世界共通である。分散管理の日本、集中管理の米国に対し、欧州企業は日米の中間的なシステムを採用している。

こうした傾向はタイに進出した先の246社を対象にした調査でも裏付けられ、最高経営責任者(CEO)は各国企業とも8-9割が外国人だが、シニアマネジャーでは特に自動車企業のタイ人比率が欧米勢で65%なのに対して、日本企業は同33%と低水準にとどまっている。

知的財産権管理や研究開発(R&D)などでも「現地化」に関する同様の違いが見て取れる。

中国での知財戦略を比べると、欧米企業は現地採用の中国人スタッフに重要な任務を任せ、相対的に高い報酬を支払っているが、日本企業ではそうした現地化が進んでいない。そのため、迅速で効果的な対応がとれないケースがあるという。

中国で特に問題になっている模倣品対策では、陣容や訴訟費用といった対策予算の規模にも大きな差がある。年間の模倣品対策予算は2000万円未満の企業が日本の場合65%を占めるのに対し、欧米ではゼロ。欧米では逆に1億円以上が22%あるが、日本では8%に過ぎなかった。

中国での現地化 収益向上に貢献

R&D戦略の国際比較は、欧州で申請された特許発明者の居住国に関する情報を用いて行った。一般機械、製薬、化学、IT(情報技術)ハードウエア、電気機械の5産業で最も活発に研究開発を行っている186の日米欧企業を対象とした。

各企業ともにアジアの研究開発拠点で開発した特許件数は全体のごくわずかだが、その比率は欧州企業の0.7%、米企業の0.6%に対して、日本企業は0.1%にとどまる。特許申請の決定要因を計量的に分析しても、日本企業はアジアでの開発が抑制的であるという有意な結果が確認されている。

プロジェクトではこのほか、財務や企業立地・退出戦略の比較も行った。財務では現地の資本市場が未成熟であるなかで、内部資金、すなわち親企業から現地企業への資金の移転が効率的に行われているかなどの点について比較し、日本企業も米国企業同様、効率的に資金が活用されていることが確認された。

立地・退出戦略は日本と韓国企業の間で比較分析した。先行立地企業に追随するか否かという観点を比べると、(1)韓国企業は先行立地している日本のライバル企業を避けるように立地国を選択している(2)韓国企業は隣接する国に同時に立地することは少なくある特定国に絞って投資する――という2点が確認できた。

日本企業では韓国企業を避けるような参入戦略はうかがえない。(2)については隣接国にも投資しており、韓国企業の方が重複投資を避けるという意味で、合理的・戦略的な参入戦略をとっているといえるかもしれない。

多くの分析からは改めて、日本企業の現地化の遅れが浮き彫りになった。では、こうした状況は日本企業の収益性にどのような影響をもたらしているのだろうか。

扱った論点すべてを包括的に分析できたわけではないが、日本の製造業企業に限った場合、ミクロデータの分析により以下の点が確認された。

まず、現地調達率の上昇は、経済規模が大きくて産業集積があり、労働コストが安い中国のような国では収益率を引き上げる効果を持つ。

現地販売については、現地販売比率上昇は収益率を高めるというのが世界全体の平均的なメカニズムである。中国では過去にこれと逆の現象が見られたが、世界貿易機関(WTO)加盟後は他国と同様の関係が観察されるようになっている。

現地化が収益率に与える影響度は進出国の経済状況などで異なるが、比較分析の結果、日本企業が改善しうる分野が調達、雇用、知材戦略、研究開発など多岐にわたることが確認された。アジアでは相次ぐ企業参入で競争が激化しており、素早い総合的な戦略の見直しが必要になっている。

2006年7月5日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2006年7月19日掲載

この著者の記事