生産性、製造業低迷目立つ

深尾 京司
ファカルティフェロー

産業別の生産性と経済成長について1980年代と90年代を比較すると、製造業の低迷が目立っている。低成長を脱するには製造業の「新陳代謝」を促す必要があり、特に対日直接投資の拡大は即効性がある。

全要素生産性伸び率がカギ

経済成長は、資本や労働といった生産要素の投入量が増加するか、全要素生産性(TFP)が上昇することによって達成される。資本過剰により資本収益率が低迷し、少子高齢化により生産年齢人口が減少しつつある日本の潜在成長力を考える場合、TFP上昇率の動向が鍵となる。

日本のTFP上昇率については、90年代にTFP上昇率が著しく鈍化したとの実証結果を得ている研究者(例えば林文夫東京大学教授)と、需要要因が大切であるとして、その上昇率の下落は稼働率の低迷を考慮に入れないために生じた見せ掛けの現象である可能性を指摘する研究者(例えば吉川洋東京大学教授)が併存している。

このような論争にもかかわらず、日本のTFP上昇に関しては必ずしも十分な分析が行われてこなかった。例えば既存の研究の多くは、TFPを算出するにあたって労働の質(学歴・年齢など)や設備稼働率の変動を十分に考慮していない。またTFP上昇率の低迷が仮に起きているとして、それがどの産業で主に起きているのか、TFP上昇率低迷の原因は何か、などについてもあまり分析されてこなかった。

本稿では、内閣府経済社会総合研究所において著者が宮川努学習院大学教授らの研究者と共同で作成したJIP(日本産業生産性)データベースを使って、これらの問題に答えてみよう。

経済成長率を生産要素投入増加の寄与と、残差として計算されるTFP上昇率に分解する分析は成長会計と呼ばれる。表は労働の質(学歴・年齢など)や設備稼働率の変動を最大限考慮した上での成長会計の結果である。1983-91年平均と91-98年平均を比較すると、実質国内総生産(GDP)成長率は3.94%から1.25%へと2.69%下落したが、成長会計によれば、その原因は以下の3つに大別できよう。

日本の成長会計

第一に90年代には、生産年齢人口成長率の下落(c=0.78%)、週休二日制への移行、労働の質上昇率の鈍化(g=0.25%)などにより労働投入増加率が下落した。2.69%の成長鈍化の3分の2にあたる1.74%(c+e)が労働投入増加率の下落に起因していた。

第二に、設備投資の低迷や稼働率の下落によって、資本投入増加の寄与が減少した。これは成長率を0.74%鈍化させた(d)。設備投資の低迷は単に不況に起因しているだけではなく、もっと根の深い構造的な問題であるように思われる。

戦後日本では労働者一人あたりの資本装備率を高めることによって高度成長が達成されたが、資本装備率の上昇は、資本の過剰により資本収益率を低下させ、投資の減退を招いた。このような資本過剰問題は80年代以降、徐々に深刻化してきた。また、80年代中ごろから日本の製造業向け対外直接投資が急増し、日本の製造業企業は生産活動の2割以上を海外で行うようになったが、このような生産の海外移転も国内での設備投資を縮小する働きをしたと考えられる。

規制緩和進んだ非製造業は上昇

最後に、成長率から労働と資本増加の寄与を除いた残差として算出されるTFP上昇率についてはその鈍化は年率0.2%と小幅であった(b)。これは90年代にTFP上昇率がそれ以前と比較して2.2%減速したという林教授とミネソタ大学のプレスコット教授の実証結果より格段に小さい。この違いは主に、われわれが労働の質上昇率や稼働率の下落を考慮しており、その分、成長率下落の大半を要素投入増加率の鈍化で説明し、結果的に残差として計算されるTFP上昇率の下落が小さくなっていることに起因している。

以上の結果は、経済成長を回復するには需要拡大のみが大切であり、TFPの上昇が重要でないということを必ずしも意味しない。先の分解では第一、第二の要因に分類した労働の質上昇の減速や設備投資の低迷は、教育投資や実物資本の収益率が低迷していることに一部起因している可能性が高い。TFPは、これら収益率の変化を通じても、成長率に影響する。このような間接効果まで考慮すると、TFPの変化は成長率に大きな効果を持つと考えられる。

日本全体のTFP上昇を、各産業のTFP上昇の(日本全体のTFP上昇への)寄与に分解すると、80年代から90年代にかけて、産業別のTFP上昇率には大きな変化が見られた。80年代までマクロ経済のTFP成長を支えてきた製造業の生産性上昇率が90年代に大幅に鈍化し(83-91年の寄与が0.74%であったのに対し91-98年の寄与はマイナス0.03%に下落)、一方、非製造業においてTFP上昇率が加速した(83-91年の寄与がマイナス0.34%であったのに対し、91-98年の寄与は0.23%に上昇)。このような構造変化の原因としては以下の要因が考えられる。

非製造業では、通信、金融・保険、商業、不動産業などで規制緩和が進んだ。90年代にTFP上昇率の加速が生じたのは主にこれらの産業であり、規制緩和が寄与した可能性がある。なお、米国やオーストラリアなど他の先進国と比較すると日本の非製造業全体のTFP上昇率はまだ低く、非製造業におけるTFP上昇はさらに加速する余地があると考えられる。

一方、90年代の製造業におけるTFPの低迷について企業レベルのデータを使って要因分解を行った結果、低迷は(1)新規参入率の極端な低迷(2)マイナスの退出効果(生産性の高い企業が退出し低い企業が存続する)(3)資源再配分効果(生産性の高い企業の市場シェアが拡大することにより産業全体の生産性が上昇する効果)の低迷――といった市場の「新陳代謝機能」の低下によって生じていることが分かった。

外資系企業の生産性は高い

以上の分析結果から、低成長脱出のためには内需拡大と同時に製造業において「新陳代謝機能」を高めたり、規制緩和が出遅れた公益事業、医療・教育サービス等の非製造業において規制緩和を進行させ、TFP上昇率を加速することが重要であると考えられる。

TFP上昇率を加速させる上で即効性の高い政策の1つは対日直接投資の拡大であろう。他の先進国と比較した日本の特徴の1つは、活発に対外直接投資を行っている一方で、対内直接投資が極めて少ないことにある。例えば英国やフランスでは製造業雇用の3割近くを外資系企業が担っているのに対し、日本では1%しかない。

国際経済学の標準的な理論に従って対外直接投資を自国企業が持つ経営資源(企業の持つ技術知識・経営能力・販売ノウハウ)の投入場所が海外に移転される現象、対内直接投資をそれと逆の現象と見なすと、最近の日本は、直接投資による経営資源の流出にさらされて来たといえよう。

筆者の最近の実証研究によれば、日本における外資系企業のTFPは日本企業と比較して約1割高く、また外国企業によってM&A(合併・買収)投資の対象となった日本企業のTFPも投資受け入れ後上昇している。対日直接投資拡大はTFPを上昇させ、日本が低成長から脱する上で重要な意味を持っている。

2003年9月30日 日本経済新聞「経済教室」に掲載

2003年10月1日掲載

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