ディベート経済

グローバル化と格差の関係は

小林 慶一郎
RIETI上席研究員

経済のグローバル化は中国やインドなどの経済発展をもたらしたが、国家の間の格差を拡大するとの見方も根強い。国内の格差問題もグローバリゼーションが一因とする意見もある。格差問題との関係は。

経済発展し、貧困は減る

第2次世界大戦の原因の1つは、1930年代の世界恐慌で市場経済システムの信頼性が失われ、大国が閉鎖経済ブロックをつくり上げようとしたことだった。

日本やドイツは自国の勢力圏を広げて自給自足経済を目指し、他の列強を自分の経済圏から排除しようとした。英国も植民地の結束を強めて、閉鎖的になった。自由な世界経済が崩壊し、どの国もグローバル経済システムを支えようとしなかった。逆に列強は武力で自国の勢力圏を確保しようとして戦争に発展したのである。

この反省から、戦後、貿易投資と国際金融の自由度を拡大するための国際機関がつくられた(貿易投資は現在の世界貿易機関=WTO。金融は国際通貨基金=IMF)。世界経済で自由な取引が保障されなければ、強いもの勝ちになり、あからさまな武力による争いが起きやすくなる。それを防ぐために、経済のグローバリゼーション(国際的な貿易、投資、金融取引を自由にしようとする運動)は進められてきたといえる。

また、世界経済が一体化し、情報通信技術が進歩したために、途上国の人々にとっても、豊かになるチャンスが増えたと言われる。

よく示される例は、インドのコールセンターだ。米国の顧客が企業に問い合わせの電話をすると、インドのコールセンターにつながり、インド人のオペレーターが答える。インドは物価や賃金が安いので、顧客にとっては低コストでサービスを受けることができ、インドにいるオペレーターは大きな収入を得る。

グローバル化で世界経済は全体として着実な成長を続けている。特に中国とインドの経済発展は、世界の所得分配にも大きな影響を及ぼした。主に中国とインドで貧困層が減ったために、世界全体でも貧困層は減少している。コロンビア大学のザビエル・サラ・イ・マーティン教授の研究によると、1日1ドル以下の所得しかない絶対貧困層は、20年間に、世界で2億人以上も減ったのだという。

伝統くずれ、社会が混乱

しかし、グローバル化による社会的コストも大きい。環境破壊や公害は、規制の緩い途上国に輸出される傾向がある。また、グローバル化は、地域に存在した伝統社会を壊し、世界経済に組み込むことなので、うまく適合できなかった人々は、生活を破壊される。

問題は主に2つに分けられる。

1つは主に途上国の伝統社会がグローバル化に適合できず、内戦などの社会崩壊や独裁体制への変質を引き起こすケースである。

これらの弊害は、グローバル経済に対応しようとした政府の政策が失敗したために生じる。たとえば、政府が大規模な産業開発を強行して地域の伝統社会が破壊されると流民や都市スラムが拡大する。エチオピアで80年代に起きた大飢饉は、遊牧民から土地を取り上げて工業化を進めようとした政策の失敗が原因だといわれる。

現在、南米のベネズエラで社会主義的な独裁化が進んでいるのも、経済発展の利得が支配層と一般国民の間で平等に分配されないことが原因だろう。

しかし、これらの失敗は、民族や政治構造に存在する問題がそもそもの原因であり、社会が市場経済化に対応する過程で問題が増幅されたのだといえる。

もう1つの問題は、グローバル化は本質的に勝ち組と負け組の格差を拡大する傾向があるように見えることだ。

世界経済全体で平均してみると経済成長は続いているが、その果実はほとんど富裕な先進国や新興市場に偏在し、成長から取り残される最貧国も多い。

先進国の中でも、途上国との国際競争にさらされる低賃金労働者と高所得層との格差は開いている。米国の90年代以降の生産性増加の効果は、すべて富裕層の所得に吸収されたという研究もある。一般国民の労働所得は、経済成長の恩恵を受けていないことになる。こうした実態を受けて、企業経営者層があまりにも巨額な報酬を得ていることについて、米国の世論の批判も高まっている。

金融技術の進歩で、問題解決を

現在のグローバル化に、格差を拡大させる傾向が見られる以上、弱者に対するセーフティネットを充実させることは重要だ。

国内の貧困対策や国際的な援助の重要性はグローバル化が進むほど増すし、経済のグローバル化に対する政治的な支持をつなぎとめるためにもセーフティネットの充実は不可欠だ。規制緩和や官業の民営化を進めることが、セーフティネットの削減・廃止の口実に使われてはならないだろう。そうでないと、グローバル化を進めようという広い政治的支持が失われ、反市場的な極端な政策がとられることになりかねない。

そうなれば、30年代に世界が戦争への道をたどったのと同じ過ちを繰り返すことになる。

経済のグローバル化が進むと格差が拡大して政治的緊張が高まる、という構図は、人間社会の宿命のように思えてくる。しかし、そうではないかもしれない。

最近の経済理論では、格差拡大の大きな理由は資金調達における情報の非対称性の問題とされる。

個人や企業が資金を借りて事業を拡大しようとする場合、資金を貸す側は、借りる側の能力や意図、誠実さを正確に知ることはできない。これが貸手と借り手の間の情報の非対称性の問題だ。この問題を解消するために通常、資金の貸借では、借り手の持つ土地などを借金の担保にする。

資産を持っている人は資金を借りて事業を拡大できるので、ますます豊かになれる。一方、担保となる資産を持たない貧しい人は借金ができず、事業を拡大することもできないので貧しいままだ。

つまり、借り手と貸手の間の情報が非対称なために、融資に担保が必要になり、そのために担保資産を持つ人と持たない人の格差が拡大していくのである。米国内の富の偏在は、このメカニズムでかなり説明できる。

また金融資本市場のグローバル化が諸国間の経済格差を拡大させるメカニズムも、同じ原因から説明できる可能性があるのだという。

だとすると、金融技術の進歩によって担保金融を脱却できれば、市場経済の中で格差が広がらないようにできるのではないか。昨年のノーベル平和賞を受賞したムハンマド・ユヌス氏のマイクロファイナンス(貧困層への無担保融資の仕組み)は、まさにその可能性を示している。日本での企業再生ファンドの活発化も、担保から脱却した新しい金融の仕組みへの動きとも解釈できる。

技術進歩によって格差が是正されることを目指して、忍耐強く市場経済を改善する努力を積み重ねることが重要だ。

筆者及び朝日新聞社に無断で掲載することを禁じます

2007年3月26日 「朝日新聞」に掲載

2007年6月18日掲載

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