Data Focus(週刊ダイヤモンド連載)

物理法則から金融活動を見ると地球温暖化緩和の可能性が見える

小林 慶一郎
上席研究員

理工学系の専門教育を受けた人間が金融や経済学を学び始めてつまずくのは、価値や信用が「創造」される、という概念だ。理工系の科学の世界で、なにかが「創造」される、ということはありえない。

物理学では、エネルギー(質量を含む)保存の法則があり、時間の流れはエントロピー増大の法則(時間の経過とともに、無秩序の度合いが増大する法則)によって不可逆になる。理工系の人間にとってなにかが創造される、ということほど非科学的なことはない。

製造業で、それまで存在しなかった新しい製品が生産されるのは、エネルギーや質量の保存則に矛盾しない。また、バラバラにあった原材料から秩序だった製品ができるのは、エントロピー増大の法則に一見反しているようだが、外部の環境も含めて考えるとそうでないことがわかる。製品を作るときに、外部の環境に熱を放散しているので、製品と環境を合わせた全体の系では、エントロピー(無秩序の度合い)は増大しているのだ。

地球も宇宙に向かって熱を放散し、地表のエントロピーを一定に保っている。人間の経済活動による熱の発生が、地球の熱放散スピードを超えると、地球温暖化を引き起こすことになる(グラフ参照)。

では金融活動による価値創造とは、物理学的視点からは、どのように理解できるのだろうか。

金融によるリスクの最小化とは、物理学用語でいえば、エントロピー増大の最小化であるといえるかもしれない。裁定取引でムダを排し、リスクを分散することによって、エントロピーの不必要な増大を防ぐわけだ。物理学では、粒子は重量場に導かれて最短経路を通る。そのアナロジーでいえば、最短経路に導く重力場の役割を果たすのが、金融産業によって張り巡らされた取引網だろう。穴の少ない緻密な金融網ができれば、それだけエントロピーの増大を抑えることができる。

エントロピーの増大を最小限にできれば、熱の放散も減り、地球温暖化のスピードも緩和される(温暖化ガスの排出権取引はその一例だ)。製造業などの活動が地球温暖化の原因になっている一方で、金融分野における技術革新は地球温暖化を緩和する可能性を秘めているといえるのかもしれない。

「週刊ダイヤモンド」2007年5月26日号に掲載

2007年9月5日掲載

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