Data Focus(週刊ダイヤモンド連載)

北朝鮮独裁体制揺さぶりには体制崩壊後の債務免除が有効か

小林 慶一郎
上席研究員

北朝鮮の核をめぐる議論は膠着状態で、経済制裁の効果はすぐには表れない。また、北朝鮮の独裁体制に対する制裁が、北朝鮮人民をも困窮させる。日本の独自制裁では、金正日体制を狙い撃ちするために、一般人民に無縁なぜいたく品の禁輸を実施した。

しかし、思ったような効果が出ない場合はどうするか。ヒントになりそうな方法が、経済の専門誌「アメリカンエコノミックレビュー」で提案されている(Seema Jayachandran and Michael Kremer <2006> "Odious Debt": American Economic Review 96 <1>:82-92 )。

Odious Debtとは「不当債務」とでも訳すべき米国特有の法概念らしい。独裁体制が人民を犠牲にして外国から借金をした場合、独裁体制が崩壊したあとの民主主義的政府は、独裁時代の債務を「不当債務」として返済を拒否することができる、という考え方だ。

北朝鮮の独裁体制に対する外国銀行や外国企業による貸し出しを、「不当債務」だと国連安全保障理事会が認定したとする。具体的には、国連加盟国が一致して、「北朝鮮が民主化した際に、金正日体制が借りた債務の返済を北朝鮮の後継政府に対して免除する」と宣言し、債務者(民間銀行や企業)が後継政府から返済を受ける権利を法的に無効にするよう、各国が国内法を整備する。

この措置は北朝鮮の債務免除のようで、単に北朝鮮を利するだけのように見えるが、そうではない。金正日体制への債務が「不当」とされるなら、各国の銀行や企業は、北朝鮮との取引を縮小しようとする。将来の債務不履行のリスクが高まるからだ。金正日体制は外国銀行や企業から借金ができなくなってしまう。しかも、普通の貿易制裁の場合は密輸などの抜け道ができるのを防げないのに対して、自発的に北朝鮮との取引を減らすので、抜け道はできにくい。通常の貿易面での経済制裁よりも、実効性が高まると思われる。

また、金正日体制が海外から借金できなくなれば、将来の北朝鮮人民は、そのぶん借金返済の義務を免れることになる。普通の貿易制裁よりも人民の負担は長期的には少なくなる可能性がある。

あくまで米国の経済学者による机上の理論だが、一考の価値はあるかもしれない。

「週刊ダイヤモンド」2006年12月16日号に掲載

2007年9月5日掲載

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