Data Focus(週刊ダイヤモンド連載)

労働者に優しいが高コスト 日本が範とすべきは欧州型か

小林 慶一郎
上席研究員

格差社会をどうするかを考えるうえで、労働市場改革は大きな課題だ。特に、米国型と欧州型のどちらを目指すのかは大きな論点だろう。米国型の競争社会では、労働者の地位は安定せず、賃金の格差も大きいといわれる。競争だけでなく文化や社会的価値を重んじる欧州型のほうが、日本人には受け入れやすいというのが一般的な見方だろう。

しかし、欧州型の労働市場のコストは小さくない。高い失業率が典型だ(グラフ参照)。文化的で家族的な価値を重視して労働者を保護する政策は、いったん失業した人間(アウトサイダー)を排除し、仲間(すでに仕事を得ているインサイダー)を助けることでもある。いったんアウトサイダーになった人間にとっては、きわめて暮らしにくい社会だ。

象徴的なのはイスラム系移民の立場。米国の法学者ポズナー判事によると、米国のイスラム系移民は社会に溶け込み、よい職業に就いている人も多いが、欧州のイスラム系移民は、二世、三世になっても失業や孤立に苦しむ傾向が強いという(「ベッカー教授、ポズナー判事のブログで学ぶ経済学」)。

こうした違いが生じるのは、欧州に比べ、米国では労働市場が競争的であり、移民に対して就業機会が比較的広く開かれている結果だ。ポズナー判事は、イスラム過激派の多くが欧州への移民の子弟であり、米国のイスラム社会に過激派はあまり浸透していないという点も指摘している。

つまり、労働者を保護する政策が充実した欧州は、高い失業率や移民社会との対立による治安上の問題という高いコストを支払っているわけである。

また、米国の大恐慌からの回復期について、最近、示唆に富む研究が発表されている。1930年代の大恐慌では、33年以降、米国経済の生産性は急激に回復したのに、GNPや失業率の回復は、理論的に予想されるスピードより、はるかに遅かった。その理由は、ニューディール政策で、労働者が手厚く保護されたことだという説が提唱されている。すでに職を得ている人びとが手厚く保護された結果、失業者が職を得る機会が減ってしまったというのだ。

これらの教訓をよく踏まえて、デフレ不況後の日本の労働政策を考える必要がある。

「週刊ダイヤモンド」2006年10月14日号に掲載

2007年9月5日掲載

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