Data Focus(週刊ダイヤモンド連載)

銀行が貸し出しだけでなく決済サービスを提供する理由

小林 慶一郎
上席研究員

先日、ある学会(Society for Economic Dynamics)で聞いた話を紹介する。

おカネを貸して収益を上げる金融機関には、消費者金融のような貸金業と銀行の2種類がある。両者の違いは資金源の性格の違いにある。銀行は預金として集めたおカネを企業に貸すのに対して、貸金業の資金源は(銀行などからの)借り入れや(投資家からの)投資である。

銀行預金の特徴は、預金者がいつでも現金を引き出せるということだが、それ以外にも、預金口座を使って、資金の決済を行うことができるという大きな特徴がある。銀行は預金者の資金決済を代行するサービスを提供しており、これは銀行の大きな社会的機能だ。

しかし、なぜ銀行は決済サービスを提供しているのか。

決済サービスの利便性を求めて預金者が銀行におカネを預けるから、銀行は決済サービスを提供しているとも思える。しかし、それなら、決済サービスをやめて、そのぶん預金金利を上げれば資金は集まるはずだし、決済コストを節約できる。決済サービス提供には、もっと深い合理的な理由があるのだろうか。

それがある、とする論文が学会で発表された(Hongfei Sun "Aggregate Uncertainty, Money and Banking")。

預金者と銀行のあいだには、「情報の非対称性」という問題がある。預金者は銀行の経営内容を詳しく知ることができない。そのため、銀行が預金を集めるうえで余計な情報コストがかかる。

新しい論文によると、銀行が預金者に決済サービスを提供することには、この情報の非対称性を緩和する効果がある、という。銀行預金が決済手段として使われれば、預金と財との交換比率(割引率)が、銀行の経営内容を示すシグナルとして機能する、というのである(論文は銀行預金ではなく銀行手形についてものだが、預金とその利率についても同じ理屈が成り立つと考えられる)。

決済サービスの提供で情報コストを節約できるので、銀行は消費者金融よりも安いコストで資金を調達でき、効率的に貸し出しができることになる。若い中国系女性研究者による論文だが、久びさに「これは一本取られた」という印象のおもしろい経済理論だ。

「週刊ダイヤモンド」2006年7月29日号に掲載

2007年9月5日掲載

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