ブータンの王制は来年100周年を迎えるが、その歴史の半分以上は民主化に費やされてきた。世の常識に反し、専制君主が自ら先導する民主化改革だ。世界史に比類はない。始まりは、先代国王が1953年に設立した国会。現国王は地方自治体を育成しながら、諸々の政治改革を率いてきた。
2001年秋に発足した憲法起草委員会は、3年がかりで立憲君主・二政党民主制の憲法草稿を起こした。草稿の最終閣議に臨んだ国王は、今こそ「吉兆の時」と言った。「政治的圧力や利害関係のもたらす緊急事態中に憲法起草をせねばならなかった他の国々と異なり、幸いにもブータンには何の圧力も強制もなく、空前の平和と、国王と政府と国民の調和と忠誠が成す安定の時に、変革が訪れた」
草稿は全国民に配布。学校や市町村自治体など国中で議論された後、代表が全国20の各県で開かれた国王・皇太子との批評会に参加。「今のままでいい、早すぎる」と意見する国民。「指導者を資格ではなく生まれで選ぶ王制はよくない。国の将来は民が選ぶべき」と主張する国王。県から県へと大議論が展開した。結論は、ある中学生代表の発言に要約されている。「国民が抵抗しても民主主義の日は来る。後悔するより変革に備えるほうがいい」
憲法成立は、2008年の国民投票を待つ。不安を隠さぬ国民に、国王が皇太子と共に語り続ける。「国を思い民に尽す指導者を選ぶことを考えよう。その義務を果たす学習の道が2008年に始まるのだ。経験を積むのは、早いほうがいい」
国王の学友だった大臣は「陛下の信念は昔からさかさま」と笑う。本物の指導者には、揺るがぬ信念がある。必ずある。
2006年12月9日 日本経済新聞に掲載