あすへの話題

詫びの力

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

世界銀行を批判する世論はいろいろだが官僚的な体質が原因だと思う。世銀は人さまの大切なお金を扱う正真正銘の金融業。普通の援助機関とは異なる。株主は加盟国の国民。キューバと北朝鮮を除く世界各国の出資金を基に運営される。その上、融資を受ける途上国の株主と、世銀債を買ってくださる株主は、お客さまでもある。悪い官僚体質は金融業の命の信用にかかわる。幹部の使命は、高度な顧客志向意識と、本物の金融業の倫理価値観とが浸透する、組織文化を造ること。そう肝に銘じた。

その「文革」手始めの頃、組織の透明性と開放的な意思疎通が必要だと部下の意見に賛成して、いっそ個室を大部屋にしたらと提案したが、部下の意見は煮え切らない。1年後に大部屋効果を分析する約束で主張を通した。その分析結果報告書に唖然とした。生産性が落ちていた。仕事に集中できないなど、部下の文句がすごい。自分の大部屋体験を通じて感じていた以上に悪い状態だった。

報告書を添えて、部下全員に詫びのメールを送った。「君たちの心配を聞く耳をもたない私が馬鹿だった。透明な組織と開放的な意思疎通が要するインフラは人の心だったと思い知った。皆の時間と努力を無駄にしたことを心底後悔する。ごめんなさい。今度こそ君たちの主導で再設計してもらいたい」。ガラスの扉や壁。あちこちに配置されたカフェが集会の場。皆が喜々として、静かで開放的なオフィスを作ってくれた。一番嬉しかったのは、部下が敬称を捨て、私を「ミエコ」と呼びだしたこと。

上下関係の壁を消す詫びの力は、勇気を授けてくれた。誤りの認識や詫びが下手な我が国のお役人に、大いにお勧めしたい。

2006年11月18日 日本経済新聞に掲載

2006年11月18日掲載

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