あすへの話題

水の力・チームの力

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

エジプトの首都カイロ郊外に貧民街「死者の町」がある。祖先を祀る石造りの家が見渡す限り並ぶ墓地。そこに数万人の貧民が住む。25年前、その町で、ぐったりした幼女を抱いて泣く母親に出会った。下痢が治らず様子がおかしいと言う。父親が呼びに走った医者を待つが、手遅れだった。疲れきった母親を慰め、その子を抱きとって間もなく、痩せ細った体から小さな魂が抜け去った。きれいな水さえあればかからぬ下痢。水と砂糖と塩分で治る脱水症状。この世にあっていいことかと天を仰いだ。

あの幼女が私の情熱の源と、南アジア経営チームに話すと、水をチームの課題にしようと言う。涙を浮かべた私に「誤解するな、ボスを慰めるつもりではない」と笑う。安全な飲み水は全ての部門に関わるから、チーム訓練にいいと口を揃える。男女の観点の融合を要するから最適と女性の金融部長が微笑むと、男性の教育厚生部長が我が意を得たりと喜んで、「南アジアの貧しい女性は、水汲みに1日平均6時間を費やす。自分の時間がない。妊婦の健康管理を強調する厚生省や、女性に読み書きをと動く文部省に、まず水道からと言っても知らぬふり」。「都会人が無料の水を無駄遣いして水道局は赤字、水道管は穴だらけ」とインフラ部長が怒ると、農業部長が「農民は自腹を切って水道を引く」と嘆き、経済部長は「途上国に典型的な貧民差別だ。財政赤字にもひびく」と数字を示す。チーム揃って出張しよう、関連省庁の次官全員を集めよう、水の力とチームの力を伝えよう...。とんとん拍子の会話を傍聴する「ボス」は、心底幸せだった。

数年後のインド。首相自ら後援者となって、全国水道事業が動き出した。

2006年11月11日 日本経済新聞に掲載

2006年11月11日掲載

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