あすへの話題

態度の問題

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

初めて管理職のポストに就いた時、経験はもちろん訓練もなしで、まるで荒波に落ちた金槌だった。どうせ溺れるなら、こうして欲しい、ああして欲しくないと、勝手に描いていたボス理想像を目指そうかと思って気がついた。部下も同じ思いだろう。旅は道連れ、いろいろ手伝ってもらいながら、皆と共有できる理想像を追うといいと考えた。まず夢見る職場を話し合おうと誘い、自分が抱くビジョンの話から始めたら、皆揃って異口同音。部下道連れの旅がやみつきになった。特に現場に一番近い現地事務所の職員に学ぶことが多かった。

その頃、反世銀運動が盛んで、我が意を得たりと思う批判も多く、仕事が遅いという文句もその1つ。部下に融資審査規則の改定意見を求めたら、バングラデシュの現地職員が「まず態度の問題だ」と言う。「僕らには、途上国の民が本心やりたいことを見極めず、自分たちがして欲しいことを勧める癖がある」と手厳しく、実例をいくつか挙げた。解決案は「プロジェクトを探すな。貧困と戦うチャンピオン(闘士)を探せ」。良いリーダーは民を想い、民のためになることを本気でやるから仕事が早いと言う。斬新奇抜な発言に部下一同驚いた風だったが、バングラデシュで試験的にやらせてくれと言う。「思いっきり態度を変えると約束するなら、責任をとる」と、けしかけた。

案ずるより産むが易し。プロジェクト案件は彗星のように現れ、審査をすいすいと越え、わずか3カ月で融資決定、理事会を驚かせた。履行予定期間も大きく割って完了し、高い事後評価も受けた。現場の正直な声を汲みとる組織文化を造らねばと決心する、ひとつの大きな動機になった。

2006年10月28日 日本経済新聞に掲載

2006年10月28日掲載

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