あすへの話題

幽霊職員

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

もうひと昔以上前のこと。南アジア数カ国の融資局長に内定して、もうすぐ部下となる職員を調べていたら、総人数が意外に少ない。ワシントン本部採用のみのリストだった。現地採用は別扱いだから各国の現地事務所に聞けと人事局が言う。呆れた。人件費を調べると「その他」の欄に含まれているらしい。電話帳にも載っていない。部下の約半数が幽霊だった。ぞっとした。

職種定義、採用・昇進基準、給与査定方法、有給休暇や産休などの特典、退職金制度など、幽霊人事のことをとことん調べた。ほとんど「別扱い」で、不透明で、慣習的な性格が強く、幽霊どころか差別待遇だった。保険制度がない事実を発見した時は、人事担当副総裁の部屋に走った。彼女と2人で顔を見合わせ「不確定責任!」と震え上がった。現地通貨購買力を給与査定の考慮に入れる他は全て平等にしたいと言ったら、彼女は全面協力を即断。まず我が局で実験的に改革を始めた。

反対勢力の心配はないと思ったが、甘かった。世銀融資業務の本命は、金ではなく知識。現場の知識に国際的な知識が融合して初めて成り立つ。現場の状況に通じていなければ良い援助はできないから、現地事務所が主導して本部がサポートするのが当たり前。だが、現実は正反対の本部主導型。主役となるべき現地人材に対する本部の無意識差別は、根強かった。電話帳記載のような簡単な仕事にさえ陰謀的な妨害を受け疲れ果て、ノイローゼ気味になった。

そんなある日、現地事務所の職員数人が会いにきた。胸にぶら下げた真新しい職員証明書を見せに来たと言う。「本部に来て外来者扱いされないのが嬉しい」と泣く。ノイローゼなど吹っ飛んでしまった。

2006年10月21日 日本経済新聞に掲載

2006年10月21日掲載

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