あすへの話題

化けもの退治

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

世銀の融資業務に就いて、まず担当国の貧村でホームステイをした。貧しさ知らずに貧困解消が使命の仕事などできないと考えたから。今はその己惚れが恥ずかしい。

ホストファミリーに荷を解いた途端、潜んでいたお化けが出た。無識字の貧民を父母と呼び、生きる術を託すことに、大きな抵抗を感じた。貧しい人々を無意識に見下していた自分を見て、ぞっとした。小学校にも行けなかった父と母は無識字を記憶力で克服し、知識欲旺盛だった。BBCラジオで世界情勢を学び、為替市場の変動も把握し、何事にも一度は挑戦する冒険心に恵まれていた。2人共、素晴らしいリーダーシップの持ち主で、村人の尊敬の的だった。村の貧しさの原因を考え抜き、立派な対策案を持っていた。学問の有無と、知識や英知の有無を、とり違えるなと教わった。

貧しい人々の視点からこの世を覗く知恵を授かった時、またお化けが出た。貧民の意見など聞く耳も持たない政治家や役人に取り憑く化けものだった。村人は、政治さえ良ければと悲しみ、権力者を悪者と呼んだ。世銀もその悪者の仲間になる可能性を察して、背筋が寒くなった。

部下全員に貧村滞在を「必須」と指定して意識改革を始めたが、迷いはあった。そんな時、ハーバード大の経営学教授がIT(情報技術)企業の実例を教えてくれた。IT専門社員を小売店に配置。新製品を買う客に頼み込んで家や仕事場まで追従。箱を開けてから製品が動き出すまで客の一挙一動も見逃さずに観察。その努力は社員の顧客意識を高め、使いやすく壊れぬ製品の開発に繋がり、会社は大飛躍を遂げた。同じ化けもの退治だなと、無性に嬉しかった。

2006年10月7日 日本経済新聞に掲載

2006年10月7日掲載

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