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辺境のガンジー

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

ガンジーの非暴力・不服従の政治思想と手法は、世界中の植民地解放、民主化、公民権運動に影響を与え続ける。ダライ・ラマ14世、アウン・サン・スーチー女史、キング牧師らが知られるが、ガンジーが心から敬愛した友で「辺境のガンジー」と呼ばれた人がいた。現パキスタン北西辺境州パシュトウーン族出身のカーン・アブドウル・ガファー・カーン氏(1890-1988年)。ガンジーと友に印パ分離に反対したため、独立後は母国の迫害を受けた悲劇の人だった。民の目覚めは教育と女性解放にと尽力する一方、10万人以上のパシュトウーン人を動員して非暴力・不服従を武器とする「神の召使い」という組織を築き、印パ独立運動に大きな貢献を果たした。

パシュトウーン族は人口約4000万人、アフガニスタン(人口の約5割)とパキスタン(人口の約2割)を中心にイランやタジキスタンも含む地域に住み、世界最大の家父長制民族である。パシュトウーンワリという厳しい掟で知られ、中でも「目には目を、歯には歯を」の復讐を必然とした為、恐れられた。古代から武勇に秀でる民族でもあり、ギリシャのアレクサンダー大王を驚嘆させ、アフガニスタンの英国植民地化を妨げ、旧ソ連占領軍撤退の要ともなったが、近年はタリバンの汚名を被る。この民族に非暴力・不服従を武器とせよと諭し、希望を与え、奮起させたのは超人的な偉業だった。

パキスタンで自宅監禁中、他界。アフガニスタンに埋葬された。その時、アフガン戦争は停戦となり、数万人の葬列が国境カイバー峠を越えて延々と続いた。平和を知らない民の心を司る「辺境のガンジー」。その化身到来を、唯々祈る...。

2006年9月30日 日本経済新聞に掲載

2006年9月30日掲載

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