あすへの話題

ガンジーの心配

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

昨今の流行語BRICsは世界経済の軸となる可能性を持つ4カ国を指す。2050年の国内総生産予測値では、ブラジル(B)、ロシア(R)より、インド(I)と中国(C)が要だが、勿論国家としての統治力持続が大前提になる。企業のグローバル戦略では生死をかけて見極めるべき長期リスク。その国体維持を考えるとき、インド建国の父ガンジーの心配を想う。

ガンジーは人間は皆平等を教え、差別される者全てに優しかった。多民族国家インドの国体維持を案じ、宗教差別を安易に正当化する印パ分離にも大反対。民の多様性を美しい和に織りあげて国家の結束をと諭し、ヒンズー原理主義者の刺客に倒れた。独立以来、彼が心配した少数民族のインド連邦脱退運動は立ち消えず、州の数は民族言語の違いを理由に倍増した。連邦分裂のリスクがないとは言えない国だ。しかし、ガンジーの精神はインドの人の心に生きる。血と汗と涙を流して勝ち取った民主主義の喜びと誇りを糧に、親から子の心へと生き続ける。ガンジーの心配は、彼自身の生と死で無用になった。

中国は、1986年、改革開放政策初期に対外金融と貿易政策の調査を依頼され、2カ月余り各県を旅しただけで、よく知らない。石炭を隣の県に売るよりも外国へ輸出したいというような話ばかりで、各県政府のまるで独立国のような政策思考に驚いたのを覚えている。中国が外貨確保にやっきになっていた時代で、県同士が猛烈な競争をしていたからだったが、大きな国を治めるのは大変だと感じ入った。民族と世代を超越して民の敬愛を一身に集め、国家のハートを司るガンジーのような建国の父は、中国史では誰なのだろう...。

2006年9月16日 日本経済新聞に掲載

2006年9月16日掲載

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