あすへの話題

魔法の土壁・踊る屋根

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

帰国するたびにため息がでる。田舎育ちのせいか、どうしてもコンクリートのジャングルに化けた日本の都会に馴染めない。

世界銀行の出張でも民家に泊まるのを好んだ。特に土の家が好きだった。冬は暖かく、夏は分厚い土壁の水分が蒸発して涼しい。壁の傾斜で家全体を通風筒にしたりもする。土に混ぜた牛の糞や薬草は虫よけ。サフランを殺菌用に混ぜた農家もあった。いつでもどこでも居心地が良かった。南アジアには、コンクリートより堅く耐震性も優れる「魔法の土壁」という技術があったそうだ。豪農の古い邸宅などが、その失われつつある英知を守り続けていた。

亜熱帯、英領バージン諸島の我が家も古い。18世紀頃に果樹園として栄えた地所で、農園主の家だった。奴隷解放で生計が崩れ、荒れ放題だったが、約百年前、インドで茶園を営んでいた移民の手で復元された。ユーカリやニームなど虫よけ用の大木が庭を守るように立つ姿に、果樹園の昔が偲ばれる。

裏山が西日を遮る台地に海を見下して立つこの家は、貿易風に向かって開いている。厚い石壁と下半分板戸の壁が地面に熱された風を妨げ、回廊が部屋に入る風を冷やし、それでも入る熱風は高い天井に逃げる。凪の時にもそよ風が屋内を渡り、涼しい。

土地の人は「お宅は台風でも大丈夫」と言う。裏山の頂から家の左右を通り海へと抜ける2本の谷が、強風から家を守る風道だそうな。「踊る屋根」のことも教わった。継ぎ手は仕口の関節で人の腕のように曲がる2本の堅い熱帯樹。心細いが、突風に逆らわず、風を友に踊り跳ねる屋根らしい。

家屋が守る文明の英知。人の幸せと繋がるとつくづく思う。

2006年8月19日 日本経済新聞に掲載

2006年8月19日掲載

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