あすへの話題

歴史を繰り返さないで

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

昇進すると必ず、世銀に数少ない日本人でそのうえ女性だからと陰口をたたかれた。「私は負債を2つ背負っているから」と笑いながらも、その度に自信が浸食されていく。悲しかった。総裁から南アジア地域担当副総裁をやれと言われたとき「日本人女性として初めて。生え抜きの日本人としても初めて。その上、女性には無理と言われてきた融資地域担当副総裁としても初めてだからか」と意図を尋ねた。はっきりそうだと政治的な背景を説明してくれたほうが救われたものを、絶対違うと言い張る彼を信じることはできなかった。

南アジア経営チームと新しい融資戦略を立てた時、専門職に女性を増やす人事戦略の議論になった。私が「女性優先採用は男女両方への差別になる」と反対して、喧々囂々。折りをみて総裁との会話は勿論、自分の経験を洗いざらい語った。女性部長らが「自分もそうだった。この歴史を繰り返さないで」と、涙。男性たちも「知らなかった。僕らの頭とハートが繋がっていなかった」と目を潤ませた。

皆が本気になって新しい方法をあみ出した。人選過程に信頼のおける透明性を築こうと、一般職員にも面接を頼む。男女平等扱いに細心の注意を払う。無意識差別がないように、面接は必ず男女半々のチームで行う。採用決定は性別無視。これで女性が増えるかなと案じるチームに助言した。応募資格を持つ女性は少ないから、応募勧誘運動をしよう。人探しの範囲は地球。金も時間も惜しまないと。それでも心配顔の部長らに「差別の壁を越えてきた人材が選考のトップに入る可能性は高い。統計学を信じて!」と諭した。続々入る女性群を歓ぶ日。その日はあっという間に到来した。

2006年8月5日 日本経済新聞に掲載

2006年8月5日掲載

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