あすへの話題

女性失格

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

世界銀行の融資局長になってすぐ、アフガニスタンとパキスタンの国境に近いカルザイ村を訪れた。灌漑施設の整備管理を汚職のひどい政府から村人の主導に託し、用水が隅々まで行き渡るようにという趣旨のプロジェクトを視察した。

広場に輪座して報告会を開いてくれた村人は、風船のように膨らんだターバンを頭に、カラシニコフ自動小銃を無造作に抱いていた。会の終わりに、農作物の収穫を倍増した彼らの団結を讃えようと立ち上がった時、小さな子供たちが「おばさん」と駆け寄ってきた。男衆の銅色に焼けた顔がほころんだ。ふと思い立ち「お父さんたちはね、あなたたちの未来のために汗を流して」と彼らの苦労を褒め、「父を見習え」と教えた。

顔をくしゃくしゃにして喜んだ村長が「家に来てくれ、女衆も紹介したい」と言う。同行の世銀パキスタン事務所所長と職員たちが一瞬ひるんだ。村の女衆は土壁の要塞に守られた民家に潜む。会うことは紅一点の私にしか許されないからだった。

外界から遮断された中庭で女衆と過ごした半日は楽しく、村長の懸命な通訳のおかげで貴重な学習の時間でもあった。学校はできても、女の子の通学が心配。診療所に通わないのは、女先生がいなから。村長までが「村の女衆に読み書きを学んでほしいが、先生を家に呼べないだろうか」。

日が西に傾く頃、やっと門を出た私を迎える世銀男性群の顔がまっ青だった。「諸君の局長は女性失格!」と笑った。「知らなかった。国民の半分を無視していた」。

世銀事務所が総ぐるみで本気になった。この国では無理と言われた女性専門職員が増え出すまで、時間はかからなかった。

2006年7月29日 日本経済新聞に掲載

2006年7月29日掲載

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