あすへの話題

腹の底から

西水 美恵子
RIETIコンサルティングフェロー

「女が大事にされるのは雛祭りくらいなもんやさかい」。いつ誰に言われたのか、子供心にドキッとした記憶がある。以来、ぼんぼりの灯りにわくわくした嬉しさは消え去った。そうして都立西高2年生の夏、縁あって米国へ。留学というと聞こえがいいが、実は家出同然の親不孝者。教育は男女平等なのに、その後の差別に納得できなくて、日本脱出の安易な道を選んだ。

罰があたった。思いもよらぬところで差別に出会った。世界銀行の誘いを受けて示唆された年俸が、当時経済学部助教授だったプリンストン大学の給料を下回っていた。最低同額でと交渉中、人事の担当官が言った。「なぜ給料にこだわるのだ。旦那は働いているのだろう」。頭にきた。「私が男だったらどう言うの」と反問したら仰天したらしく、喧嘩にもならなかった。

この事件が、世銀職員組合で女性差別問題を追求するきっかけになった。現実はひどいのに幹部は聞く耳をもたない。数字に強く学者に弱い彼らを意識し、有名な労働経済学者と組んで人事データを分析。計量モデルの模擬実験結果に驚いた。年齢、学歴、細かい経歴など、性別以外の特徴を同一と設定した実験の結果、男性の年俸が女性を統計上はるか有意に上回り、理由は、男性が女性より一階級上で入行するからと出た。それでも幹部は本腰を入れなかった。

世界に先駆けて女性進出を促進したカナダのある銀行総裁に動機を聞いたら、彼は言った。「腹の底から信じた。銀行の命にかかわることだと」。男女両方の視点なしに良い援助は不可能と「腹の底から」信じる総裁が現れるまで、世銀の女性進出は実らなかった。さて、我が国の企業はいかに。

2006年7月1日 日本経済新聞に掲載

2006年7月1日掲載

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