RIETIが行う経済産業政策のEBPMの経緯と課題

関沢 洋一
上席研究員

1. はじめに

2022年4月1日付けでRIETI EBPMセンターが創設された。もともと、RIETIは理論的・実証的な研究とともに政策現場と のシナジー効果を発揮して、エビデンスに基づく政策提言を行うことをミッションとしてきた。その意味では創設以来、RIETIはEBPMに関わってきたと言える。

ただ、最近話題になっているEBPMは、実際に政策の効果を検証した上でその結果を踏まえて政策を見直していくことが主たる要素となっており(関沢, 2018)、かつてRIETIで行われた多くの研究よりも、因果関係の探求が重視されるとともに、具体的な政策との関連性が強いものとなっている。以下ではこの意味におけるEBPMを念頭に置いて話を進める。

2. 経緯

RIETIにおいてEBPMが明確に意識されるようになったのは 2016年から2017年にかけてで、2016年5月に森川正之副所長(当時)が「『エビデンスに基づく政策』に関するエビデンス」というコラムを発表し(森川, 2016)、2017年3月にはPDP(ポリシーディスカッションペーパー)として公表された(森川, 2017)。2017年2月には山口一男氏をプロジェクトリーダーとする「日本におけるエビデンスに基づく政策の推進」というプロジェクトが開始され、研究者と行政官が協力して進める取り組みとなった。さらに、政府内におけるEBPMの議論の盛り上がりを受けて経済産業省でもEBPMを進める方向になり、その具体的な取り組みの1つとして、経済産業政策の効果検証をRIETIが行うことになった。

RIETIでは経済産業政策の効果検証を担う研究員として政策エコノミストと呼ばれる研究員が新たに採用されることになった。2018年1月に1人目が採用され、現在では元から在籍していた研究員も含めて、6人の政策エコノミストが本業務に携わっている。

RIETIが行う経済産業政策の効果検証の大まかな流れは次の通りである。まず、経済産業省において政策評価を担当する大臣官房政策評価広報課(現在は業務改革課)が個々の政策の立案や運用に携わる担当課室と調整して、効果検証を行う案件を特定した。それらの案件について、政策エコノミストが分析に必要なデータを担当課室(業務が外部機関によって行われている場合には当該機関)から受領して分析を行った。基本的な統計データ(補助金の採択企業と不採択企業の売上高・資本金・雇用者数の平均値など)や分析方針について政策エコノミストから担当課室と業務改革課に対して中間的な報告が行われ、何度も議論を経た上で、分析結果を中心とした最終的な報告が行われて完結した。初年度(2018年度)に行われたのは日本貿易振興機構(ジェトロ)が行う輸出展示会と、中小企業庁が担当するものづくり補助金の2件だった。その後、毎年度におおむね5件の効果検証を行うことが原則となった。

分析するデータの質にもよるが、論文化が可能なものについては、これまでにDP(ディスカッションペーパー)やPDPとして公表されている(Makioka(2020); 関沢・牧岡・山口(2020);角谷(2021); Hashimoto and Takahashi(2021); 橋本・平沢(2021); 牧岡(2021); 坂下・角谷・井上・橋本(2022))。その後で学術誌に投稿される場合もあり、Makioka (2021)はすでに学術誌に掲載されている。

3. 今後の課題

実際に経済産業政策の効果検証を進めていく中で、さまざまな課題が浮かび上がってきた。以下にその一部を紹介する。

(1)政策実施以前からの対応の重要性

これまでの経済産業政策のEBPMでは、行政機関等において収集されたデータを事後的に研究者が分析することが想定されていなかったために、分析しやすいような形でデータが整備されておらず、収集されたデータを加工し直すことから作業が始められ、政策エコノミストの負担が大きい場合が多かった。また、企業から行政機関(実務を担う外部機関も含む)が何らかの情報(補助金を申請した、セミナーに参加したなどの情報を含む)を受領する際に、EBPMのために守秘義務を課した上で研究者に当該情報を提供する場合があることが事前に企業側に提示されなかったために、データを行政機関等が保有しているにもかかわらず、研究者へのデータ提供が難しくなる場合も見られた。EBPMが浸透するにつれて、このような問題が少なくなって分析が容易に行えるようになることが期待される。

また、より正確な効果検証を行うためには、政策の設計段階から後々の効果検証を念頭に置くことが望まれる。例えば、初期のEBPMの対象となったものづくり補助金の場合、同補助金の受領を希望する企業からの申請内容を採点してその点数によって採択企業を決定することが基本ではあったものの、ボーダーライン付近では点数以外の要素で決まる部分があったために、正確な効果検証が困難となった(関沢・牧岡・山口, 2020)。回帰不連続デザイン(RDD)のような既存のデータから因果関係を検証できる分析手法であっても、点数だけで補助金の採択が決まらないと信頼できる効果検証は行いにくい。また、最近のRIETIのPDP(坂下・角谷・井上・橋本(2022))では、年度中に数度支給される補助金において、いったんは不採択となった事業者が後の申請で採択される場合があるために、効果検証が採択事業者と不採択事業者の比較ではなく、採択事業者と採択事業者の比較に近いものとなってしまう問題が指摘されている。政策を立案・運用する側にもいろいろと事情はあるので仕方ない面はあると思うが、EBPMを推進する観点に立てば、後の効果検証を行いやすくする制度の在り方も考える必要があるだろう。

(2)行政官のリテラシーの醸成

データさえあれば政策効果の検証は簡単に行えるという間違った認識を持つ行政官が多いと時々思うことがある。私もこのような行政官の1人だったことがあり、効果検証は簡単にできると勘違いしていた。実際には効果検証を行えるか否かはデータの量や質などさまざまな要素によって決まってくるものであり、効果検証を行えない案件の方がおそらくは多い。

政策エコノミストを含めた研究者であれば提示された案件について効果検証が可能かどうかを短期間で評価することが可能だが、特に効果検証ができそうにない場合、それを行政官に対してわかりやすく伝えるのはなかなか難しい。研究者と行政官の間の共通認識を広げていくため、完璧でなくていいので(特に数学は不要)、EBPM(特に、政策が本当に効果を有していると言いうるための因果関係の検証方法)についての基礎知識(伊藤 (2017)、中室・津川 (2017)などで書かれていること)を行政官が基本的な知識として持っていることが期待される。

4. おわりに

最後に、EBPMを政府(あるいは経済産業省)が推進するのであれば、本物のEBPMを推進する必要がある。政策立案者が自ら担当する政策を正当化するために都合の良いデータやエビデンスを集めて提示することを称してPBEM(Policy-Based Evidence Making)という言葉が用いられるが、推進すべきなのはPBEMではなくEBPMである(山口, 2019)。仮に効果検証の結果として政策に効果がないことがわかれば、見直しの対象となるのは分析結果ではなく政策の方になる。

参照文献

2022年6月9日掲載

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