ビッグテーマに挑む

関沢 洋一
上席研究員・研究コーディネーター(EBPM担当)

RIETIの融合領域(文理融合・異分野融合)プログラムの「新型コロナウイルスの登場後の医療のあり方を探求するための基礎的研究」プロジェクトでは、データに基づいて医療や健康に関連する取り組みの効果に関するエビデンスを積み重ねていくことを目指している。今回のインタビューでは、プロジェクトリーダーを務める関沢洋一RIETI上席研究員から同プロジェクトについてお聞きするとともに、経済学と医学の垣根を越えた融合研究を推進する上でのポイントは何か、文理融合研究をリードする人材を今後どうしたら育成できるか、わが国が取るべき指針とRIETIの役割について話を聞いた。

聞き手:佐分利 応貴 RIETI国際・広報ディレクター(経済産業省大臣官房 参事)

日本の医療は持続可能でない

佐分利:
「新型コロナウイルスの登場後の医療のあり方を探求するための基礎的研究」プロジェクトを立ち上げた経緯とその意義についてお聞かせください。

関沢:
一番の問題意識は、日本の医療が持続可能でないことです。日本は少子高齢化が進んで労働力が不足していくのに、医療への需要が大きな高齢者は増えており、介護の需要も増えていきます。インフラの整備や補修に携わる人も減るので災害など医療以外のところで人の安全に悪影響が生じます。高齢者が増えたからといって医療を拡大できる状態ではなくむしろ減らす必要があります。不要な医療をやめるのは当然のことですが、それ以外にもオンラインとAIによって医療スタッフの関与を最小限にした医療提供を行う、高齢者医療のあり方を考え直すなど、発想の転換がないと持たないです。

当プロジェクトでは健康診断・健康指導に着目しています。健康診断・健康指導の効果に関しては海外にいくつか研究があり、効果がないという結論が多くあります。日本の場合は、最初に効果の有無を実験的に検証するべきところを実験せずに、全国レベルで始めてしまったので、効果検証ができないままでした。しかし最近は、回帰不連続デザイン(regression discontinuity design, RDD)という分析手法が普及して効果検証ができるようになりました。今は健保組合から集めてきた健診データを使って効果の把握を試みています。

また、当プロジェクトでは、千葉大学とRIETIの共同研究として、緊張性頭痛を有する人々を対象としたオンライン介入(CBT:認知行動療法)の効果検証が行われました。痛みが起きたら常に医療機関を受診したり市販薬に頼ったりするのではなく、心理療法の1つである認知行動療法をオンラインで提供することによって痛みを和らげることを通じて、ウェルビーイングの向上や医療費の抑制を目指しています。

最後に、新型コロナウイルスに関して2020年10月以降、3カ月ごとに計5回のインターネット・アンケート調査を実施して1万人を超える回答を得てパネルデータ(同一の人々の時間による変化を追跡できるデータ)を構築し、人々の意識や行動、メンタルヘルス、ワクチンの接種意欲などさまざまな情報を取得しました。感染症蔓延時の人々の意識についての情報はその時にしか取れないので、貴重なデータです。

文理融合研究では研究者は食べていけない

佐分利:
どれも興味深いテーマですね。こうした文理融合研究の重要性や難しさについてはどのようにお考えですか。

関沢:
例えば、頭痛の軽減を目指したインターネットによる認知行動療法の効果検証では効果は見いだせませんでした。どうしても試行錯誤になります。プログラムを作ってその効果を検証して、失敗してまた別のプログラムを作って効果検証をするという一連の流れの中で、いつかすごいものが出てくればと期待していますが、一朝一夕にはいきません。

佐分利:
まさにトライ&エラーによるイノベーションですね。もし治療効果の高い画期的なプログラムが開発されれば、何兆円ものインパクトがあるわけですので、研究成果に期待しております。医学や心理学や経済学など、異分野間で言葉が通じないなどといった難しさはありませんか。

関沢:
文理融合という言葉はありますが、現実的には医学と経済学では統計学の使い方や論文の書き方などいろいろな点で違いがあります。文理融合ではなく文理分業です。とはいえ、医学と経済学がお互いから学ぶことでシナジー効果は生じ得ると思います。研究者の多くは「経済学者」とか「医学者」といった心理的な壁を自ら作っているように思われ、こうした壁など本当は存在しないことを認識することが必要です。

佐分利:
異分野の知識の融合には、間をつなぐプロデューサー的な人がいなければ進まないと思います。関沢さんのようなプロデューサーはどうしたら生まれるのでしょうか。

関沢:
プロデューサーではなく雑用係という方が近いです。経済学研究がメインのRIETIに来たにも関わらず、経済学は勉強しないでメンタルヘルスや医療の効果ばかり勉強して、双方の研究者のお手伝いをしているだけです。

佐分利:
そうした両方の言語が話せるような人がいないと融合研究は進まないですよね。関沢さんのような異分野融合人材が100人規模でいれば、世の中の問題はかなり解決できるのではないでしょうか。

関沢:
それは難しいでしょう。私は博士号を持っていませんしどちらの言語も十分に話せません。持っている知識が中途半端なので、特定の分野で食べていくのは無理があり、RIETIで拾ってもらっているので食べていける面があります。

佐分利:
ですが、専門性で解決できる問題はとっくに解決してますよね。専門性だけでは解決しない問題が残っていて... そこを打破する方法はないものでしょうか。

関沢:
例えば、経済学と医学の両方とコミュニケーションができる分野の1つが統計学です。医療にも統計学はあるし、経済学も統計学がベースになっているので、統計学の勉強をある程度積み重ねていけばどちらとも会話が成立します。例えばRDDは教育学で生まれた手法ですが、最近はさまざまな学術分野で応用されています。こうした統計分析手法をベースにした異分野の研究者のネットワークが少しずつできているような気がします。

佐分利:
「統計学が最強の学問である」と。

関沢:
多くの研究分野で共通して重要なのは因果関係を明らかにすることですが、データの制約がある中で因果関係を明らかにする新たな統計手法を開発する学際的な研究者が登場していて、そういう人の研究からいろいろな分野の人たちが学び、同じ分析手法が医学・政治学・経済学といったさまざまな学術分野で使われようになりつつあります。こうなると研究者が学術分野ごとに分かれる必要は薄れてきて、後は、真実を探求したい、あるいは実社会に貢献したいということで合意できれば、異分野間の連携ももっと進むと思います。

文理融合について補足すると、所得や教育などの社会経済的地位が健康状態や病気の発生にどう影響を及ぼしているかという研究が重要なテーマになりつつあります。例えば、所得が低い人は肉や野菜をあまり食べず、相対的にコストが低い穀類や糖分ばかり取っている。また、今のようなインフレになると外食産業が値上げをしていなくても肉や野菜の量が減って炭水化物でごまかしていると思うことがあります。炭水化物の摂取割合があまり増えると健康には良くないのですが、お金を節約しようとしたらそういう方向に向かいます。

こうした研究は、社会科学の研究者が関与しないと難しいです。医療の問題に社会科学が向き合うので文理融合の重要なテーマになります。生活習慣病向けの健康指導をやめて浮いたお金をフードスタンプ制度に使って貧困層の食生活の改善に充てるとか、生活習慣病向けの医療費を減らして負の所得税に回すとか、実はそういった医療に頼らない取り組みの方が国民の健康や幸福度の向上につながるかもしれないので、社会科学者が関与して検証を進めていくのが望ましいです。

若手の研究者と行政官へのメッセージ

佐分利:
若い研究者にメッセージをいただけますか。

関沢:
大きなテーマを念頭において研究に取り組んでいただきたいです。外国人労働者を日本がどこまで受け入れるのが望ましいか、人々のメンタルヘルスを劇的に改善させられる方法はあるのか、どうしたら戦争を防げるのか、といった簡単に答えの出ないビッグテーマがあります。こうしたテーマが背景にないと価値の乏しい研究が量産されると思います。

個々の研究者からすると、論文を書けなければ研究の世界では食べていけず、大きなテーマを扱うと論文が書けないリスクがあるので、せめてRIETIのような組織がそうした研究を支えられることが望ましいです。

佐分利:
若い行政官には何を求めますか。

関沢:
行政官の側に学術研究をリスペクトする態度があると望ましいです。これまでの官庁は審議会委員などで学者を利用するものの、敬して遠ざけるところがありました。しかし、世界全体を見渡せば学術研究の中には行政官が学ぶべきヒントがたくさんあります。アジャイルであることの重要性がしばしば唱えられますが、羅針盤がないままに行政官が走り回っても結局は元の場所に戻るだけです。多くの行政官と違って研究者は時間をかけて物事を真剣に詰めるので、完璧ではありませんが、学術研究は羅針盤になり得ます。今はGoogle Scholarを利用すれば行政官でも自分が関わる分野における世界のさまざまな研究を自ら知ることができます。若手の行政官が少しがんばって論文を自ら読むのが理想的です。数式や 統計学の部分は飛ばしてかまいません。数式が出る前までと結論部分だけを読めばいいです。英語力があればかなりの論文は読み込めます。どうしても分からなかったらRIETIの研究者を頼ってもいいです。役所の幹部も国会議員もマスコミも、本当にこの国の将来を考えているのであれば、若手の行政官が勉強する時間を作ってあげることが大切です。

2023年2月20日掲載

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