GoToキャンペーンをどうすべきか?

森川 正之
所長・CRO

新型コロナ感染者数の爆発的な増加や「緊急事態宣言」で、今年の夏は旅行や帰省を控える人が多いが、昨年の夏を振り返ると、GoToトラベル・キャンペーンが7月下旬にスタートし、国内旅行が4~6月のボトムから回復し始めた時期だった。東京都発着の旅行は対象外だったが、10月から対象に加わった。しかし、感染再拡大により、昨年末以降GoToトラベルは停止された状態が続いている。この事業のために約2.7兆円の予算が用意されたが、1.3兆円超が繰り越された。現時点では再開のメドが見通せない状況で、話題になることも少なくなっている。以下では、GoToキャンペーンをどうすべきか考える上での素材を提示する。

GoToトラベルの実証研究

昨年の旅行と新型コロナ感染の関係については、越智他 (2020)および中田 (2021)が、個人へのサーベイに基づき、旅行と新型コロナウイルス感染の間に統計的に有意な相関があることを示している。Miyawaki et al. (2020), Anzai and Nishiura (2021)は疫学分野の研究者によるもので、GoToトラベルと新型コロナ感染の間に正の関係があるとしている。ただし、いずれも因果関係を示したものではない(注1)。

旅行需要を誘発する効果に関しては、Matsuura and Saito (2021)が、コロナ禍における都道府県間旅行者フローの重力モデルを推計し、Go Toトラベルが遠方地域への観光需要の創出に有効で、特に高級宿泊施設への宿泊を誘発したという結果を示している。Funashima and Hiraga (2020)は、都道府県レベルのパネルデータを用いた研究で、時期によるGoToトラベル対象地域の違いを利用したDID推計を行い、GoToトラベルが国内宿泊者数を増やす効果を持った一方、新型コロナ感染拡大にはつながらなかったという結果を報告している。Tagashira (2021)も対象地域の違いを利用したDID推計だが、サーベイに基づく個人レベルのパネルデータを使用している。それによると、GoToトラベルが直接に旅行者を増やした効果は確認されないが、一種のアナウンスメント効果を通じて旅行全体を増やした可能性があるとしている。

このようにGoToトラベルの効果については、まだ確定的な結論を得るには至っていない状況にあり、さらなる研究が期待される。

GoToを利用したのはどういう人か?

本稿は、感染拡大への影響、旅行需要に対する効果といった重要な研究課題に立ち入るものではなく、どのような人がGoToキャンペーンを利用したのか、個人へのサーベイに基づく観察事実を紹介する。使用するのは2021年7月に実施した20歳以上の個人に対する調査で、回答者数は8,909人である(注2)。回答者のうちGoToトラベルを利用した人は33.6%、GoToイートを利用した人は31.0%だった(表1参照)。

表1 個人特性とGoToキャンペーンの利用
表1 個人特性とGoToキャンペーンの利用
(注)N=8,909人。

各種個人特性との関係を見ると、男女差はほとんどないが、若年層(20歳代、30歳代)の利用率が高く、また、世帯年収が多い人ほど、健康状態が良好な人ほど利用率が高い。所得水準や健康状態との関係は、GoToイートよりもGoToトラベルで顕著である。これらの結果は、性別、年令、所得水準、健康などを同時に考慮した推計でも確認される。

そもそも旅行は選択的支出という性格が強く、所得弾力性が高いことから所得水準との正相関自体は当然の結果と言える(注3)。GoToキャンペーン利用者は所得水準が高く、健康な人ということは、所得分配面では逆進的な性格の強い政策であることを意味している(注4)。

需要分散型GoToの可能性

筆者は、GoToトラベルを仮に行うならば、感染抑止と宿泊施設の生産性の両面から、夏休みや年末年始、三連休などの繁忙期を避ける一方、閑散期に力点を置いて需要平準化を図ることが望ましいと考えている(森川, 2020)。補助される時期には消費者が直面する価格が低下するので、季節や曜日によって価格を変える「ダイナミック・プライシング」を強める効果を持つ(注5)。

この点について、GoToトラベル再開についてどう思うかを尋ねた結果によると、「昨年と同様、全ての日を対象に実施するのが良い」30.2%、「土日・祝日を対象外にするなど利用者の集中を避ける形で実施するのが良い」25.2%、「実施しない方が良い」44.5%となった(図1参照)。意見は分かれているが、需要平準化型の仕組みを支持する人は1/4にとどまっており、調査実施時点ではそもそも再開を支持しない人の方がずっと多い(注6)。

図1 今後のGoToトラベルについての考え
図1 今後のGoToトラベルについての考え

個人特性別に見ると、若年層、高所得層、健康状態の良い人ほど、「全ての日を対象に実施するのが良い」という回答が多く、昨年の利用実態と同様のパターンである。実際、GoToトラベルを利用した人に限ると半数以上が完全実施を支持しており、逆に利用しなかった人は半数以上が再開を支持していない。

ワクチン接種とリベンジ消費

筆者は、仮に新型コロナが完全に終息する前にGoToキャンペーンを再開するのであれば、対象をワクチン接種者に限定することが望ましいと考えている。ワクチン接種と消費行動の関係を分析した結果によると、観測可能な個人特性で消費行動を説明できる部分は限られている。しかし、性別・年令・所得水準などをコントロールした上で、昨年にGoToキャンペーンを利用した人は、自身がワクチン接種を行った後に消費支出を拡大する意欲が強い(森川, 2021)。

景気回復の観点からは、ワクチン接種の拡大に伴う「リベンジ消費」ないし「ペントアップ需要」への期待が高く、こうした活動的な人たちはその担い手として有力である。ただし、マクロ経済的には、GoToキャンペーンのような政策がなくても、これらの人はリベンジ消費を積極的に行う可能性が高いことを示唆している。

脚注
  1. ^ 地域間移動を考慮した感染症数理(SEIR)モデルによれば、人の地域間移動は、地方圏の感染数を増加させる一方、大都市中心部の感染数を減少させる(近藤, 2020参照)。
  2. ^ 「経済の構造変化と生活・消費に関するインターネット調査」。同調査は科学研究費補助金(20H00071)の助成を受けて行ったものである。
  3. ^ 新型コロナ前(2019年)の「家計調査」(総務省)の年間収入階級別の公表データから旅行(宿泊料+パック旅行費)の総消費支出に対する弾性値を計算すると、約2.2である(外食は約1.7)。
  4. ^ GoToキャンペーンのような需要者側への助成政策は、消費者の選択を通じて優良な企業・事業所のシェア拡大を促す性格があり、新陳代謝を通じた産業全体の生産性向上という観点からは、供給者側への一律の助成に比べて望ましい面がある。
  5. ^ 本稿で用いた調査によれば、宿泊施設については70.2%、外食については57.5%の人がダイナミック・プライシングを支持している(医療サービスでは35.7%)。
  6. ^ 具体的な設問は、「新型コロナが落ち着いた後、GoToトラベルを再び行った方が良いと思いますか」で、新型コロナ感染が拡大している状況を前提としたものではない。
参照文献

2021年8月24日掲載

この著者の記事