Special Report

米国・鉄鋼及びアルミ追加関税事件パネル報告—WTO体制と経済安全保障への示唆—

川瀬 剛志
ファカルティフェロー

2018年3月に賦課が発表された米国の1962年通商拡大法232条(19 U.S.C. 1862)に基づく鉄鋼・アルミニウム製品に対する追加関税(各25%・10%)(注1)は、トランプ政権の保護主義の象徴であり、また長く安定した「棲み分け」を享受してきた安全保障と通商それぞれのレジーム間の衝突を引き起こした。この措置につき、さる2022年12月9日、2018年4月の中国による協議要請(DS544、以下、カッコ内の「DS...」はWTO事件番号)から4年8カ月を経て、WTOパネルがついにその判断を示した(注2)。中国に続いたノルウェー(DS552)、スイス(DS556)、トルコ(DS564)についても、同日にパネル報告書が公表されている。他方、同時期に申立てを行ったインド(DS547)、ロシア(DS554)については、まだ判断は示されていない(注3) 。

WTO紛争解決手続では、本件のように同一の問題についてパネルが複数設置される場合、通常は審理併合によりパネルを一本化するか(紛争解決了解(DSU)9条1項)、そうでなければ、同一のパネリストを選任し、手続のスケジュールを擦り合わせながら判断が同時に示されるように調整する(同3項)。本件は後者のパターンだが、紛争の政治性もさることながら、それぞれ申立国の請求・主張が微妙に異なり、さらに新型コロナウイルス感染症の流行もあって、手続の進行や調整に難航した跡がうかがえる。比較的単純な事実関係の認定や法的争点の判断にこれだけ時間を要したのも、同一問題に関する同一パネリストによる判断をすべて同時に示すことができなかったのも、こうした事情が影響しているものと思われる。

上記のように、本件では同時に複数の若干異なるパネル報告書が公表されている。これは、それぞれのパネルの手続的経緯や設置要請書中の請求、意見書中の主張が微妙に異なる結果だが、内容は大きく変わるものではなく、特に本稿の中心となるGATT21条に関する判断は4本すべての報告書でほぼ同一である。以下、中国の申立てによるDS544のパネルの報告書に沿って、本件判断を紹介する。

パネル報告の概要

本件では、上記の2018年3月措置のほか、2018年8月のトルコ産鉄鋼製品に対する追加関税(50%)(注4)、2020年1月の鉄鋼・アルミ派生品に対する追加関税(各25%・10%)(注5)も検討の対象としている。ここではこれら3つの措置を併せて「232条措置」と総称する。

●検討の順序
パネルはまず、本件の問題の措置、当事国の請求・主張、関連規定等を勘案して検討の順序を構成する裁量を自らが有することに鑑み、付託事項の検討(管轄権判断)に続き、申立国が提起した協定違反認定の請求、後にGATT21条適合性を判断すると決定した(7.7–7.10、以下、カッコ内の「7.xx」は本件パネル報告書パラグラフ番号)。

●米国の協定違反にかかる申立国の請求
パネルは最初に中国が提起した232条措置のGATT違反に関する検討を行った。まず、本件申立の対象となる232条措置はいずれも関係産品に米国のWTOにおける譲許税率を超える関税を課すもので、GATT2条1項(a)、同(b)に反すると判断した(7.38, 7.42, 7.46)。また、これらの措置は中国ほか申立国産品へは課税する一方で、オーストラリアや韓国等に国別の適用除外を設定した点につき、GATT1条1項の一般最恵国待遇原則に反すると判断した(7.56, 7.58)。なお、GATT10条違反の請求については訴訟経済を行使し、判断していない(7.61)。

他方、中国は米国の232条措置は実質的にセーフガードであり、GATT19条及びセーフガード協定に準拠して発動すべきところ、米国はこの義務を怠ったと主張した。セーフガード協定11条1項(c)に、19条以外のGATTの条文及びセーフガード協定以外のWTO協定附属書1A下の協定(すなわち、物品貿易に関する諸協定)「に従って(pursuant to)加盟国がとろうとし、とり又は維持している措置」には、GATT 19条・セーフガード協定は適用しない、とある。パネルはセーフガード協定11条(c)を同条の他の箇所の文言と比較し、この「に従って」は必ずしも問題の措置がGATT19条及びセーフガード協定以外のその他条文(本件ではGATT 21条)への適合することを要求しないと解釈し、(c)はセーフガード協定等の適用可能性に関する条文であると説示した(7.74–7.77、7.79)。

パネルは関係米国法、商務省報告書(注6)、及び本件パネル以前のWTO物品理事会等での米国による説明等を検討し、本件措置はGATT21条に従って米国が「とろうとし、とり又は維持している」措置であると認定した。よって、中国が主張する232条措置へのセーフガード協定適用可能性を否定した(7.96)。

●GATT21条(b)の自己判断性
これに対して、米国は232条措置がGATT 21条によって正当化されると主張した。GATT21条は以下のように定める(なお、以下の議論は併せて同条の英語正文を参照すると理解しやすい)。

第二十一条 安全保障のための例外

この協定のいかなる規定も、次のいずれかのことを定めるものと解してはならない。

  1. (a)締約国に対し、発表すれば自国の安全保障上の重大な利益に反するとその締約国が認める情報の提供を要求すること。
  2. (b)締約国が自国の安全保障上の重大な利益の保護のために必要であると認める次のいずれかの措置を執ることを妨げること。
    1. (i)核分裂性物質又はその生産原料である物質に関する措置
    2. (ii)武器、弾薬及び軍需品の取引並びに軍事施設に供給するため直接又は間接に行なわれるその他の貨物及び原料の取引に関する措置
    3. (iii)戦時その他の国際関係の緊急時に執る措置
  3. (c)締約国が国際の平和及び安全の維持のため国際連合憲章に基く義務に従う措置を執ることを妨げること。

米国は一貫して、 同条の(b)柱書に安保措置を執る「締約国が...認める」とあることを根拠として、同号全体が自己判断的(self-judging)であると主張している。米国によれば、「締約国が...認める(which it considers)」で始まり、(i)〜(iii)サブパラグラフのいずれかで終わる部分(上記日本語仮訳では「いずれかの措置を執ることを妨げること」以外の部分)が「措置」にかかる「一体の関係節(a single relative clause)」を構成するものであり、よって、自己判断的性質はこれらサブパラグラフにも及ぶことになる。米国によれば、「形容詞句は通常形容する語の直後に続く」とする英文法の一般原則を根拠とし、各サブパラグラフは直前の「安全保障上の重大な利益」を修飾するので、サブパラグラフまで含めて「一体の関係節」を構成することになる(7.106、7.119)。

これに対してパネルは、米国の主張に応じて(b)の文法構造を読み解き、3つのサブパラグラフは全て「措置」に係るものと解釈した(7.115)。その上で、特に(b)(iii)は「〜時に執る(taken in the time of…)」とあることから、米国が主張する原則に該当し、直前の「安全保障上の重大な利益」に係るものではないこと指摘した。パネルはかような解釈は厳密な英文法に基づく分析のみならず用語の通常の意味から導かれることを指摘し、条約解釈の有効性原則(principle of effective treaty interpretation)に従い、条文の全体構造の中で使用される特定の文言によってサブパラグラフの意味と効果を引き出す、と説示した(7.120–7.121)。

また、協定解釈に関する問題の文脈として、本件紛争がDSU及びGATT22条・23条に規定される通常の紛争解決手続に服することに着目し、米国によるGATT21条(b)の援用は、「解釈に関する国際法上の慣習的規則」(DSU3条2項)、すなわちウィーン条約法条約31条・32条に従って解釈される(b)の文言に応じて審査される、と述べた。さらに紛争解決手続はWTO協定前文の目的(多国間貿易制度の発展、及び関税・貿易障害の軽減及び国際貿易の差別廃止のための相互的・互恵的な取極による当該目的への寄与)を促進すべく設立されたものであり、DSU3条2項から加盟国の権利・義務のバランスを取ることが意図されている、と説示した(7.123–7.124)。

●GATT21条(b)(iii)の解釈・適用
パネルは、米国は本件ではもっぱらGATT21条(b)は自己判断であり、特定のサブパラグラフにかかる状況を説明する必要はないと論じる一方、232条措置発動の際の商務省報告書及びその他米国がパネルに提出した証拠やパネル手続における主張から、一貫して(b)(iii)の「国際関係の緊急時」に依拠したと認定した。パネルは米国が、特に鉄鋼・アルミの全世界的な過剰生産能力に言及していることを指摘した(7.131, 7.135)。

次にパネルは「国際関係の緊急時」の解釈を示すが、その辞書的な意味、そして文脈として(b)(iii)ではその前に「戦時」とあることから、「国際関係の緊急時」とは、国際関係への影響の点で、戦争と同等でなくとも、それに「深刻さ・重大さにおいて少なくとも匹敵する(at least comparable in its gravity and severity)」ものでなくてはならない、と説示した。パネルは文脈として(b)柱書を参照し、「安全保障上の…利益」が「重大」であると表していることは、措置を取る加盟国の安全保障上の利益の高い重要性を示唆すると述べた、さらに、同条に反映された加盟国の権利・義務のバランスを取ることの一環として、サブパラグラフが有する安全保障例外の範囲を限定する機能に従って、この(b)(iii)を解釈しなければならないと説示した(7.139–7.141)。

パネルは、232条はGATT21条と異なる法的基準を擁することから、米国が措置発動に際して検討した要素がGATT21条(b)(iii)適合性の検討において同等の重要性を持つものではないことを指摘した。その上で、(b)(iii)に「国際関係」とあることから、商務省報告書が措置発動に際して重視した国産品の輸入代替及び国内産業の経済厚生への悪影響については、国内的要因としてこれを検討しなかった(7.142–7.143, 7.146)。他方、同じく商務省報告書や米国の主張で言及される過剰生産能力問題については、G20グローバル鉄鋼フォーラム報告書から国際的な関心事項であることは認めた。しかし、この問題が国際関係に与える影響の重大性が証明されないとして、232条措置のGATT21条(b)適合性を認めなかった(7.147–7.148)。

本件判断の解説

以上、本件パネル判断の概要を説明したが、以下の点に注目したい。

第一に、検討の順序にみるGATT21条の法的性質と挙証責任の配分についてである。GATT21条は、一次規範としてGATTの義務の範囲を定める規定か、それとも積極的抗弁として事後的に援用される例外規定と位置付けられるべきかが判然とせず、この点に関する判断は、先例のロシア・貨物通貨事件とサウジアラビア・知的財産権事件それぞれのパネル判断にも齟齬が生じている(注7)。それに伴い、同条にかかる挙証責任はどちらの当事国にあるかも明らかではない。

本件パネルはサウジアラビア事件パネルと同様に、最初に米国の協定違反を認定し、後に措置のGATT21条適合性を判断した。この点について、本件パネルは上記の順序に加えて、一貫してGATT21条を条文のタイトルどおりに「安全保障例外(security exceptions)」と称していること(注8)、米国による同条適合性立証の可否を問うている(つまり挙証責任を米国に課すことを示唆する)ことから、GATT21条を違法性阻却の積極的抗弁として被申立国が援用すべき規定と理解していることが窺える。なお、本件パネルはこの点を明言もまた断定もしておらず、検討の順序はケースバイケースでパネルが判断する裁量を有するとだけ説明している(7.7 fn.226)。

第二に、先例同様、本件パネルもGATT21条(b)の自己判断性を否定した。本件パネルが述べるように、米国の「一体の関係節」論は(b)(iii)と関係節の関係を適切に説明できず、(b)の構造に鑑みて妥当ではない。この問題は筆者もかねて別稿で指摘したが、仮に米国のいうところの「一体の関係節」が構成できるなら、併置した3つのサブパラグラフは「安全保障上の重大な利益」に係るように(b)(iii)の書き振りを他に揃えたであろうし、他方で全て「措置」に係ると解釈すれば、条文の構造上も文法上も無理なく読める(注9)。上記の通り、本件パネルも同様に理解している。

なお、この解釈を展開するに際し、本件パネルはロシア・貨物通貨事件パネル報告にほぼ一切言及していない点は興味深い。ロシア事件パネルは、(b)各サブパラグラフの事後的な客観的審査可能性や起草者のサブパラグラフへの安保条項濫用防止の期待等を理由に、(b)の全面的な自己判断性を否定した。他方、本件パネルは起草過程を検討せず(7.127)、上記のように条約法条約に即した加盟国の権利・義務のバランスを取る(b)の解釈を理由として、(b)の完全な自己判断性を否定した。

本件パネルが先例を参照しなかった理由は定かではないが、米国の主張がもっぱら英文法上の原則に沿って展開されていることに鑑み、この主張に即応した事例判断を行ったことは1つの理由であろう。また、米国が過去数年来上級委員会批判を展開する中で、強い先例拘束性を問題視してきた。GATT21条については上級委員会の先例はないが、本件の極めて強い政治性に鑑み、米国の批判に配慮してあえて先例に言及しなかった可能性もある。

第三に、(b)(iii)の「戦時その他の国際関係の緊急時」については、本件パネルは、文脈として「戦時」と併置されていること、柱書の安全保障上の利益が「重大」であることに言及し、戦争に比肩しうる国際関係への重大・深刻な影響が求められると解釈している。この点についても、本件パネルはこの「国際関係の緊急時」を「実際または潜在的な武力紛争、緊張または危機の高まり、あるいは国家を取り巻く包括的な不安定性の状況」と解したロシア・貨物通貨事件パネルの判断を参照していないが、両者の解釈はおおむね一致している。

本件への当てはめについては、米国が232条措置発動に際して検討した要因を国内・国際に分け、(b)(iii)に「国際関係」とあることから、過剰生産能力問題のみを検討した。当該課題に戦争に匹敵する緊急性はなく、パネルが(b)(iii)該当性を否定するのは当然の帰結であろう。

なお、本件はサブパラグラフ該当性の段階で審理が終了しており、自己判断的な柱書部分の解釈・適用は行われていない(7.129 fn.479)。パネルは柱書の要件にも言及しているが、例えば先例のように「安全保障上の重大な利益」の解釈も示しておらず、自己判断的文言の審査基準についても論じていない。

最後に、232条措置へのセーフガード協定の適用可能性を否定している点は注目に値する。中国は232条措置が実態上セーフガード措置であり、要件を充足せずに発動されたことから、GATT19条及びセーフガード協定の関連規定に違反することを申し立てている。中国、ロシア、トルコ、インドは232条措置に対する対抗措置を発動しており、その根拠をセーフガード協定8条2項のリバランシングに求めている(注10)。本件パネルが232条措置へのセーフガード協定及びGATT19条の適用可能性を否定したことから、中国ほかによる対抗措置発動の根拠は失われた。これらの対抗措置には別途米国の申立てによるパネルが設置されており(注11)、これらの案件において、中国ほか被申立国側の主張の基礎を損なうことは不可避であろう(注12)。

本件判断が上級委員会危機と経済安全保障に与える示唆

かつて筆者が本サイトでロシア・貨物通過事件パネル報告について解説した際、米国の上級委員会、ひいてはWTO紛争解決手続への不満・不信感、及び経済安全保障とWTO体制の緊張関係の観点から、本件パネルの判断が示された際のWTO体制に与える影響に懸念を示した(注13)。その懸念は今や現実のものとなった。

前者については、パネル報告書配布後の声明(注14)において、米国はGATT21条適合性のパネルによる審査可能性を否定する立場は崩さず、本件パネルの解釈と判断を瑕疵あるものとして、受け入れも、またこれに従うことも拒否した。米国は機能を停止している上級委員会に遠からず「空上訴(appeal into the void)」し、本件の解決が行き詰まることは必至だろう(注15)。

上記の声明は同時に、本件報告により紛争解決手続の根本的改革の必要性がいっそう高まった、と主張する。WTO紛争解決手続については、2024年を期限に正常化を目指すことが、この6月の第12回閣僚会で合意されたばかりだ(注16)。米国も、ここ数ヶ月は表向き紛争解決手続の改革に必ずしも消極的ではない姿勢は示すものの、虚心坦懐に先入観なく議論することを呼びかけるのみで、自身の改革案を開示するわけでもない(注17)。また、9月のバリG20会合に際してWTO紛争解決手続改革のミニ閣僚会合を招集したが、アルゼンチン、インド、ブラジル、南アフリカ、インドネシア、カンボジアと途上国・新興国のみが参加し、日本、EU、オーストラリア、カナダ、メキシコ、中国、韓国といった主要国は招集されていない(注18)。こうした姿勢から改革への米国の「本気度」は甚だ疑わしく、さらに本件判断はいっそうWTO紛争解決手続に対する政治的嫌悪を増長する結果になるだろう。

後者、つまり経済安全保障とWTOの摩擦・緊張関係については、直近の2022年10月に公布された米国による高性能半導体及び半導体製造機器、スーパーコンピューターの対中輸出規制強化(注19)をめぐる米中対立への本件判断の示唆が注目される。

この措置については、既に中国がWTO紛争を提起しているが(DS615)(注20)、米国は当該事案が安全保障に関連する問題であるとしてWTOで議論することは適切ではない、との声明を発表した(注21)。今後のパネル審理では、本件同様に、米国によるGATT21条の援用が見込まれる。今回の輸出規制は、こうした物資が大量破壊兵器開発を含む軍の現代化と人権侵害を可能ならしめ、また軍民融合戦略の実施を含めて中国が防衛力現代化へ資源を大量投入していることが、その理由とされている。たしかに米中の緊張関係は事実である一方、本件パネル報告書配布直前の米中会談で両国首脳が関係改善に意欲を見せる現状では、(b)(iii)が求める戦争に匹敵する事態には程遠い。本件判断を前提にすれば、(b)(iii)の援用には、現在の米中の緊張関係を超えル、それこそ台湾有事のような事態の発生が求められる。

他方、半導体やスーパーコンピューターが武器の性能や実効的な戦争遂行を決める現状では、これらの取引が安全保障と深く関わることは否定しがたい。今回の米国の措置は、関連技術において中国を可能なかぎり最大限リードすることを目指すものだが(注22)、こうした具体的紛争とは離れて戦略上の優位を確保する予防的なアプローチには、(b)(iii)より柔軟な同(ii)援用の可能性を追求すべきだろう。(b)(ii)は「その他の貨物及び原料の取引」とあるので、これらの物資はすべて対象となり、また、「間接に行なわれる…取引」も含まれることから、途中に第三者を介した取引はもちろん、半導体を部品として使った製品も対象となりうる。「軍事施設」が狭く解される可能性と、また「取引」の目的がこの「軍事施設に供給するため」のように特定されている点で範囲が狭まる可能性はあるものの(注23)、特に半導体がミサイル等兵器に使用されたり、スーパーコンピューターが効果的な戦略・戦闘の立案・遂行のために軍で使用されたりする場合が容易に想定される以上、(b)(ii)適合性は同(iii)よりははるかに現実に即して説明しやすい。

他方、今回の措置についてフィナンシャル・タイムスの社説は、デカップリングというより断絶(“rupture”)であり、また大きな賭け(“a significant gamble”)だと評して影響の甚大さを懸念するとともに、対象範囲を明確化すべきであると論じる(注24)。また、複数の半導体アナリストによれば、措置は確かに中国のファウンドリー産業の発展に決定的な遅れをもたらす一方、同時に米国自身と同盟国のグローバル半導体企業に損失を与え、中国中心のサプライチェーンの混乱を招くことが懸念される(注25)。オランダ・ASMLのペーター・ウェニンクCEOが2021年7月にオランダが米国の要請に基づいて行った輸出制限を評したコメントは、このことを端的に表している。

ウェニンク氏は声明で、「目標を絞った具体的な国家安全保障上の問題では、輸出規制は効果的な手段となる」と指摘する一方で、「半導体の主導権をめぐる広範な国家安全保障戦略の一環としてこの手段が乱用された場合、政府はこの手段が中期的に研究・開発(R&D)を縮小させ、イノベーションのペースを鈍化させる可能性がどの程度になるかを十分考慮すべきだ」と述べた。同氏はまた短中期的な影響として、輸出規制適用の広がりは「世界的な半導体生産能力の規模を縮小させ、サプライチェーン(供給網)問題を悪化させる恐れがある」との見方を示した(注26)。

このASMLを擁するオランダに加え、東京エレクトロンを擁する日本は、米国の外国直接製品規制(Foreign Direct Product Rule)の対象外で、今のところ独自に最先端の半導体製造装置の対中輸出が継続できる。両国は米国の輸出規制の実効性担保のためこれに加わることを明示的に米国から求められ、これに応える方針だというが(注27)、その場合、両国も米中WTO紛争に巻き込まれる可能性がある。この半導体規制に関する紛争は、本稿で扱った232条措置のようなあからさまな保護主義的措置と異なり、これまで以上に安全保障貿易管理とWTOルールの限界を問う事案となる。よって、米国の規制がGATT21条の射程外と判断された場合の政治的反発は本件の比ではないだろう。

このような事態を避けるためには、米国と日蘭両国は、安全保障の観点から実効的な半導体技術規制の一方で、ウェニンクCEOがいうところの安全保障貿易管理の濫用と見なされ、ひいてはGATT21条の射程外と判断される過剰規制に陥ることを避けなければならない。しかし米国は、むしろこの対中規制の対象企業を拡大しており、2022年12月にはCXMT、SMIC、YMTCなどを追加した(注28)。特にYMTCについては、中国企業に最先端ではない民生向け端末用の汎用半導体を提供するに過ぎないにもかかわらず、商務省は同社がもたらす安全保障上の問題を十分説明せずに対象に追加したことが指摘され、今回の規制拡大も上記WTO紛争の対象措置に含まれる可能性が高いことが懸念される(注29)。このような方向性が維持されるのであれば、いずれ半導体をめぐる経済安全保障とWTO体制の衝突はGATT21条の適用をめぐって不可避になる。安定的なグローバル・サプライチェーン維持の観点だけでなく、ルールの支配に基づく国際通商と経済安全保障の共存の観点からも、対中輸出制限は「断絶」や「大きな賭け」であってはならないことを関係国は十分認識しなければならない。

脚注
  1. ^Proclamation 9705 of March 8, 2018: Adjusting Imports of Steel into the United States,” Federal Register Vol. 83, No.51 (Mar. 15, 2018), pp. 11,625–11,630; “Proclamation 9704 of March 8, 2018: Adjusting Imports of Aluminum into the United States,” Federal Register Vol. 83, No.51 (Mar. 15, 2018), pp. 11,619–11,6924.
  2. ^ Panel Report, United States — Certain Measures on Steel and Aluminium Products, WT/DS544/R (Dec. 9, 2022).
  3. ^ このほか、EU(DS548)、カナダ(DS550)、メキシコ(DS551)が申立てを行ったが、カナダ・メキシコはUSMCAの締結に伴い、2019年7月に米国と満足のいく解決に至ったことを理由として、パネル手続の終了を通報した。EUは2021年10月に対象産品への関税割当導入等の条件で米国と措置撤廃に合意し、2022年1月に申立てを取り下げた。代わってDSB25条に基づく二国間仲裁手続に付託したが、目下手続は停止している。
  4. ^Proclamation 9772 of August 10, 2018: Adjusting Imports of Steel into the United States,” Federal Register Vol. 83, No.158 (Aug. 15, 2018), pp.40429-40432.
  5. ^Proclamation 9980 of January 24, 2020: Adjusting Imports of Derivative Aluminum Articles and Derivative Steel Articles Into the United States,” Federal Register Vol. 85, No.19 (Jan. 29, 2020), pp.5281-5293.
  6. ^ The Effect of Imports of Steel on the National Security: An Investigation Conducted under Section 232 of the Trade Expansion Act of 1962, as amended (Jan. 11, 2018); The Effect of Imports of Aluminum on the National Security: An Investigation Conducted under Section 232 of the Trade Expansion Act of 1962, as amended (Jan. 17, 2018).
  7. ^ 詳しくは、川瀬(2020a)pp.19–22、川瀬(2021)pp.95-98を参照。なお、安全保障条項の法的性質の検討については、邦文で優れた論考が刊行されている。李(2021)、若狭(2022)を参照。
  8. ^ ロシア・貨物通過事件パネルは条文のタイトルにもかかわらず、現行のGATT21条をこのように称することを慎重に避けている点は興味深い。
  9. ^ 川瀬(2020a)pp.25–26。
  10. ^ 詳細は川瀬(2019b)pp.48–52を参照。
  11. ^ それぞれ中国(DS558)、トルコ(DS561)、ロシア(DS566)及びインド(DS585)に対して米国が申立てを行った4件。
  12. ^ 筆者はそもそも輸出国が一方的に232条措置をセーフガードであると性質決定し、それに基づいてセーフガード協定8条に基づく対抗措置を発動すること自体に批判的である。こうした措置は、DSU 23条適合性の観点から協定整合性が疑わしく、また仮に232条措置がセーフガード措置であったとしても、セーフガード協定8条適合性は疑わしい。川瀬(2018)、川瀬(2019b)pp.52–59及びpp.63–69。
  13. ^ 川瀬(2019a)。
  14. ^ Press Release, Statement from USTR Spokesperson Adam Hodge (Dec. 9, 2022).
  15. ^ 上級委員は不在だが、上級委員会は組織として存在し、またDSUの規定上は上訴の権利が紛争当事国に残されている。よって、パネルの判断に不服のある当事国は、上級委員会の審理が始まらないことを承知の上で上訴し、実質的に当該案件を「塩漬け」にできる。
  16. ^ MC12 Outcome Document Adopted on 17 June 2022, WT/MIN(22)/24, WT/L/1135 (June 22, 2022), para.4.
  17. ^ “U.S. Urges ‘Open Mind’ in Dispute Settlement Reform Talks at WTO,” Inside U.S. Trade, Sept. 23, 2022, p.1.
  18. ^ “Tai Convenes WTO Mini-Ministerial to Talk Dispute Settlement Reform,” Inside U.S. Trade, Dec. 2, 2022, p.10.
  19. ^ Implementation of Additional Export Controls: Certain Advanced Computing and Semiconductor Manufacturing Items; Supercomputer and Semiconductor End Use; Entity List Modification, Vol. 87, No. 197 (Oct. 13, 2022), pp. 62186– 62215.
  20. ^ Request for Consultation by China, United States — Measures on Certain Semiconductor and other Products, and Related Services and Technologies, WT/DS615/1, G/L/1471 S/L/438, G/TRIMS/D/46 IP/D/44 (Dec. 15, 2022).
  21. ^中国、米国をWTO提訴 半導体輸出規制巡り」ロイター 2022年12月13日。
  22. ^ Reynolds (2022).
  23. ^ 川瀬(2021)pp.104–106。
  24. ^ America’s Chip Controls on China Will Carry a Heavy Cost, Financial Times, Nov. 8, 2022.
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  26. ^オランダ半導体製造装置の中国輸出、米国がノー」ウォール・ストリート・ジャーナル日本版2021年7月19日。
  27. ^日本、半導体製造装置の対中輸出規制で米国と協調へ-関係者」ブルームバーグ2022年12月12日。
  28. ^ Additions and Revisions to the Entity List and Conforming Removal from the Unverified List, Federal Register Vol. 87, No. 242 (Dec. 19, 2022), pp. 77505– 77518.
  29. ^米国、YMTCや21社の中国AI関連企業を禁輸リストに追加」EE Times Japan 2022年12月20日。
参考文献

2022年12月21日掲載