インタビュアー:尾崎 大輔(日本評論社『経済セミナー』編集長)
所属・役職はインタビュー当時のものです。
1. 言語学の世界から経済学に飛び込む
尾崎:
このインタビュー・シリーズでは、独立行政法人経済産業研究所(RIETI)で学術研究・政策研究に取り組む皆さまに、政策現場に近いところでの研究の実際や、その醍醐味を伺っていきます。今回は近藤恵介さんです。まずは自己紹介から、よろしくお願いします。
近藤:
RIETI上席研究員の近藤です。現在はクロスアポイントメント制度を利用して、神戸大学経済経営研究所の准教授としても同時に働かせていただいています。専門は空間経済学と呼ばれる分野で、特に近い政策テーマだと、「地方創生」「コンパクトシティ」「東京一極集中」についてこれまで取り組んできました。人口減少社会をふまえた都市・地域政策に関する研究に取り組んでいます。
尾崎:
経済学は学部時代から学んでいたのですか。
近藤:
いえ。実は学部は南山大学外国語学部で、言語学の観点からスペイン語文法を専攻していました。当時は言語学に関心を持っており、その応用分野として「コーパス言語学」に特に関心を持っていました。コーパスとは、私たちが普段使用する書き言葉や話し言葉に関する膨大な自然言語のデータベースのことで、それに基づいて、たとえば、コロケーションといわれる単語間のつながりに着目した表現を把握することができます。
尾崎:
コーパス言語学と経済学の間の距離は、かなり遠い気がします。
近藤:
はい、そこまで紆余曲折がありました。ずっとサッカーを続けていて、日本とスペインをつなぐサッカーの仕事ができればと思い、まずはスペイン語を言語として専門的に身につけたいと思っていました。当初はスペイン語といえばスペインしか念頭にありませんでしたが、所属学科が「スペイン・ラテンアメリカ学科」で、ラテンアメリカにも力を入れていました。そこで学ぶうちに、将来は国際協力の分野で働きたいと思うようになりました。そして、国際協力の政策分野に関わるには、最低でも修士号が必要とされていること、そして経済学という学問が有力だと知り、学部卒業後の進路を考える段階で大学院に進学し経済学にチャレンジすることを決めました。
とはいえ、修士課程から経済学に移るのは非常に大変でした。まず、経済学研究科の修士課程は、基本的には学部で経済学を学んでいることが前提ですので、入試の過去問などをみてもまったくわかりませんでした。
そこで、修士課程から経済学を始められそうな大学院を探し、神戸大学大学院の国際協力研究科と出会いました。国際協力研究科は、経済学の予備知識がない学部生も受け入れ、経済学をゼロから教えてくれました。また、ラテンアメリカ経済といえば神戸大学が有名で、故・西島章次先生と、現在も在籍しておられる浜口伸明先生の名前が知れ渡っていました。まさに私にぴったりの大学院だと感じ、研究相談もし、過去問を何度も解き、無事に進学することができました。一見すると回り道かもしれませんが、いろんなところでこれまでの経験がつながって役立っています。
2. メキシコで高まった、日本経済への関心
尾崎:
国際協力研究科では、どんな研究テーマを選ばれたのでしょうか。
近藤:
開発経済の中でも特に地理的要因に関心を持っていました。開発経済では国際貿易が重要なトピックになりますが、ボリビアのように、ラテンアメリカの一部の国は海に面しておらず港を持たない内陸国もあります。それらの国々が貿易を行う場合、国境を越えて他国の港湾にアクセスする必要があり、そのような地理的に不利な状況が長期的な経済成長にも影響があるのではないかと思っていました。空間経済学が着目する市場アクセスや市場ポテンシャルという概念につながります。修士論文では最終的にはメキシコの地域間労働移動について執筆しましたが、大学院入学前から空間経済学に関連する問題意識を持っていました。
尾崎:
その頃から博士課程への進学も決めておられたのですか。
近藤:
はい。ただ、修士課程在学中にどうしても現地に行きたくて、メキシコの奨学金制度に応募して、1年間のメキシコ留学の機会をいただきました。その後、より専門的な経済学の講義が受講しやすい環境で研究を継続したいと考え、博士課程では経済学研究科を選びました。
尾崎:
博士課程では、どのようなテーマで研究されたのでしょうか。
近藤:
メキシコのことだけでなく、日本の地域間人口移動や地域労働市場における失業や賃金、都市規模別の出生率の違いといったテーマにも取り組みました。メキシコ留学中は、「日本経済のことを何もわかっていない」ということを痛感させられる機会が多くありました。たとえば、現地で学部の授業を聴講させてもらった際に、「日本はなぜ高度経済成長を経験できたのか?」といった質問をたびたび投げかけられたのですが、十分に答えることができませんでした。そこで、他国の経済政策に介入する前に、自国である日本経済についてもっとよく知るのが開発分野に携わる者の礼儀ではないかと感じ、博士課程では日本経済の研究にも積極的に取り組みました。
尾崎:
博士課程修了後の進路について、当時はどのように考えていたのでしょうか。
近藤:
政策につながる環境で研究したいという想いをずっと持っていたので、それを日本でやるか、海外でやるかで悩んでいました。博士課程在学中に、再び奨学金で1年間メキシコに滞在する機会をいただき、メキシコ自治工科大学(ITAM)で手島健介先生に大変お世話になりました。その際、国連や開発銀行などの国際機関にも挑戦したいと考えていたのですが、指導教員である浜口先生が当時RIETIで仕事をされており、「もし日本経済のことを研究したいならRIETIがよいのではないか」とアドバイスをいただきました。当時の所長は空間経済学で世界をリードする藤田昌久先生だったこともあり、研究環境として非常に魅力的で、RIETIが真っ先に就職先候補の第一志望となりました。
当時副所長をされていた森川正之先生も集積の経済の実証研究に取り組まれており、就職活動をしていたメキシコ滞在中に、これまでの研究や政府統計を活用した集積の経済の研究計画について相談する機会をいただきました。私がRIETIで取り組みたい研究についても関心を持っていただき、運よく採用も決まり、2014年4月から研究員として働けることになりました。
3. 政策担当者との対話から研究のアイデアが生まれる
尾崎:
RIETIでのお仕事として、どのように政策の研究に取り組んできたのでしょうか。
近藤:
私が入った2014年頃は、研究員が自分から積極的に関わろうとしない限り、政策に関与する機会はあまり多くなかったように思います。もちろん政策に関わることを前提に採用され、自分も積極的に関わりたいと思っていましたが、スタイルは自由で、自分のやりたい研究ができる環境でした。
ただ、当時副所長であった森川先生の存在感は大きく、経産省との太いパイプを持っており、省内のさまざまな部局から相談が舞い込み、その内容に応じてどの研究員にヒアリングするのがよいかを差配していました。就職後早々に、私にも仕事を振っていただき、それが非常によい経験になりました。
尾崎:
どのようなお仕事だったのでしょうか。
近藤:
2014年5月に、増田寛也氏が座長を務める日本創成会議の人口減少問題検討分科会が「ストップ少子化・地方元気戦略」と題するレポートを公表しました(注1)。そこでは将来的な地方自治体の消滅可能性が指摘され、メディアで大きな話題となり、国会でも議論されました。経産省でもそうした議論が社会的に大きな流れを作り出すうねりを感じ、当時の経産省産業構造課長より森川先生に相談が寄せられました。このテーマなら新たに採用した私にヒアリングするのがよいということで、場を設けていただき、空間経済学の観点からレポートの妥当性などについて意見交換をしました。この経験は、私の研究にもよい刺激を与えてくれました。また、政治家の方々や国会から出てくる論点に対応しなければならない省庁の政策担当者の方々がどういったところに関心を持つのかということも知ることができました。
議論させていただいた経産省の方は、いわゆる増田レポートで主張されていた、「東京一極集中を是正すれば少子化が改善される」という主張にエビデンスがあるのか、 について関心を持たれていました。今では合計特殊出生率の注意点は広く議論されていますが、当時はまだそうした議論の蓄積がなく、政策担当者が欲するエビデンスがない状況を感じました。それなら自分で研究しようということで、博士課程のときに途中で止まっていた関連する研究テーマに本格的に着手することにしました。
人口密度や合計特殊出生率などのデータは市区町村レベルで整備していたので、研究の取っ掛かりとしてまず問題提起を中心としたコラムを公表しました(注2)。人口密度と合計特殊出生率の間には、市区町村レベルで見ても確かに負の相関関係がある一方、人口移動をふまえると地域データの解釈には注意すべき点があること、観察される相関関係だけに基づいて因果関係を判断すべきでないこと、個人や世帯単位のミクロデータ分析に基づく研究がより重要であることといった議論を行い、最終的にはディスカッションペーパーを執筆しました。
尾崎:
続いて、どのような研究に取り組まれたのでしょうか。
近藤:
2015年には、世界的に話題となっていたオックスフォード大学のカール・フレイ博士とマイケル・オズボーン准教授が発表した人工知能(AI)と雇用に関する論文(注3)に刺激を受けて、私もAIに関連した研究を始めることにしました。その論文には職業ごとに将来的に機械やコンピュータに代替される確率が提示されており、世間でも国会でも大きな議論を巻き起こしました。世間よりも早い段階でこのテーマが社会的に大きなうねりを起こしそうだと感じていた当時所長だった藤田昌久先生の号令によりRIETI全体でAI研究に取り組んでいくことになり、まさにその通りになりました。私はその中で、AIと地域労働市場の関係について浜口先生と論文を執筆し、国内外で取り上げていただきました(注4)。
4. 目指すべきEBPMを確立する
尾崎:
ところで、RIETIの研究員には、肩書に「政策エコノミスト」と付いている方とそうでない方がいます。そこには役割の違いなどが反映されているのでしょうか。
近藤:
RIETIで肩書に「政策エコノミスト」と付くようになったのは、2018年度からです。正式にEBPMに取り組んでいくことになり、2018年度に「EBPMユニット」が設置されました。その年度から採用された研究員に対して「政策エコノミスト」という肩書がついています。2022年度には、RIETI内に「EBPMセンター」が新たに創設されています(注5)。政策エコノミストと付く研究員は、これまでの自由な研究スタイルではなく、RIETIから業務として与えられるEBPMの仕事の割合が、非常に大きくなったと聞いています。そして、EBPMセンターができて以降、経産省からの要望に応える案件が増え、経産省が推進するEBPMの支援機関としての位置づけが強まった面があるように感じます。
尾崎:
近藤さんご自身は政策エコノミストの肩書は付いていないのですが、RIETIのEBPM業務には携わっておられないのですか。
近藤:
センターの業務とは直接的な関わりはなく、引き続き個人で自由なスタイルで研究プロジェクトとしてEBPMに取り組んでいます。EBPMは大学院在学中からずっと考えてきたテーマであり、当時のRIETIが進める枠組みとは違った形で自分らしく貢献していきたいと考えていたからです。
尾崎:
近藤さんのEBPMに対するスタンスは、どのようなものなのでしょうか。
近藤:
まずEBPMには2つの側面があり、「エビデンス」と「政策形成」に分けることができると思います。2018年頃のRIETIにおけるEBPMは、主に経済学者が唱える「因果推論から得られる質の高いエビデンスに基づく政策形成」という考え方でした。今では「狭義のEBPM」といわれていて、エビデンスの質を問うものです。それも重要ですが、政策形成というのは非常に複雑で、質の高いエビデンスさえあれば国民が納得して政策を受け入れるかというとそうではありません。国民は、いわゆる「専門家」の高度なエビデンスに従うべきという議論を懸念していましたが、国立環境研究所の林岳彦氏のいう「エビデンスは棍棒ではない」という表現をみつけたとき、これほどぴったりな表現はないと感じたほどでした。
政策形成とは、多様な価値観を持つ人々の間での合意形成の結果であり、狭義のEBPMでは考慮されていない面があると感じています。また狭義のEBPMでは、過去を評価する考え方が強い一方で、政策形成では、より未来志向の考え方に基づきます。まず将来目指したい社会のビジョンを提示し、それを実現するために必要な政策を考えます。具体的にどういう政策を実行していくかを考える段階ではじめて、エビデンスの有無や質の議論が出てきます。EBPMが根付くためにも、まずは土台づくりが必要だと感じていました。
さまざまな分野の専門家同士の対話も政策形成において重要だと感じています(注6)。最近は「総合知」ともいわれていますが、複雑化する社会課題に対して、1つの研究分野だけで解決できることは少なく、多様な「知」の融合をどのように達成するのかが課題になっています。
私は「オープンEBPM」と呼んでいますが、社会課題の解決やそのための政策形成は、省庁の政策担当者、あるいは専門知識を持った大学の研究者だけに閉じられたものでなく、幅広く市民の誰もが関われるような状況であるべきだと思っています。そのための一環として、データや研究成果をオープン化することに取り組んでいます(注7)。自分が関われる範囲では、地方創生のようなテーマについて、単にデータの可視化だけでなくて、少し踏み込んだ研究内容についても直感的にわかりやすい方法で情報発信できるツールを増やしていきたいと考えています。
尾崎:
近藤さんのホームページには、データなどを可視化するアプリがすでにいくつも公開されていましたが、そういう意図があって取り組まれていたのですね(注8)。
近藤:
はい。たとえば、消滅可能性都市について、過去30年間で若年女性の人口が半減したら自治体が消滅するという主張に対して、本当にその主張が正しいのか、過去のデータを見ながらきちんと前提を確認する作業が必要です。そのような批判的検証がないまま、あたかも事実のように報道されていたこと、自治体側もそのような受け止め方をしていたことには懸念していました。そこで基礎資料として、1980年から2020年までの女性若年人口の変化を確認できるアプリを作成して公開しました(注9)。このアプリを公開した後、いくつかのメディアの方から取材をしていただきました。たとえば、産経新聞では、島根県の丸山達也知事や千葉県流山市の井崎義治市長の議論などと一緒に特集を組んでいただきました。
尾崎:
たしかに、こうしたツールがあるとメディアにとっても非常に便利ですね。
近藤:
こうしたアプリなどをどんどん公表して、データや研究成果をわかりやすい形でオープンにしていくことがEBPMを根付かせる土台として重要だと思っています。世論形成を支える基盤整備はRIETIだからこそできると思っていて、今後も貢献していくことができればと考えています。
5. おわりに
尾崎:
最後に、メッセージをお願いします。
近藤:
政策に積極的に関わりたいと考えている学生や研究者の方々にとって、RIETIは魅力的な環境だと思います。政策に関わる仕事をしたいと考えたとき、そのためのアウトプットを公表する場、政策への貢献を評価してもらえる場があるというのが、RIETIのよいところだと思います。大学との比較でいえば、大学はやはり学術研究機関もしくは教育機関であり、政策プラットフォームとなるには組織的な限界もあると思います。政策シンクタンクとしてのRIETIの強みは、学術研究を軸に普段から政策により近い場所に身をおき、自らの研究成果をコラムや政策レポートの形で公表したり、政策担当者と議論したりできる点に大きなメリットがあると感じています。
これまでRIETIで働いてきて、地方創生、AI、EBPM、新型コロナという大きな流れを2、3年ごとに経験してきました。まだその次の大きな流れを感じてはいませんが、神戸大学との経験をふまえ、「社会実装」を軸に取り組みたいと私は考えています。神戸大学では人流データから地域魅力度を指標化する研究に取り組み、ウェブアプリを開発して社会に発信してきました。「社会実装」は、政策シンクタンクとしてのRIETIと学術研究機関としての大学の架け橋となる重要なカギになると思っていて、自分でも大きなうねりを起こせるように研究に取り組んでいきます。
[2025年9月26日収録]
※本記事は『経済セミナー』誌(日本評論社)とのコラボレーション連載です。