新型コロナウイルスの感染が初めて確認されてからまもなく1年が経とうとしているが、今もなお世界中で新型コロナウイルスが猛威を振るっている。2020年12月現在、日本では第3波とみられる感染拡大が始まろうとしている。感染症対策をさらに強化すべきなのか、コロナ禍で落ち込んだ経済対策をより推し進めるべきなのか、政府は非常に難しい判断に迫られている。
コロナ危機を契機に、われわれの日常生活も大きく様変わりをした。感染拡大防止のため、普段からマスクを着用し、不要不急の外出を控え、三密を回避するように心掛けている。テレワークが可能な職業では在宅勤務が進み、これまでの顔を合わせて働くスタイルからオンラインを中心とした働き方へと大きく変わってきている。教育現場では、大学を中心に、対面授業から遠隔授業(オンライン授業)へと移行している。
長期化するコロナ危機を乗り越えるためには、今後も「新たな日常」を進めていくことがより一層求められる。ただし、将来に不安を感じる人々もまだまだ多くいるだろうし、新たな社会システムへの移行に向けて障害となっている制度的要因や慣行も残っている。このようなコロナ禍において、1人でも多くの人々がより良く生きられるような社会を達成していく必要があるが、難しい課題でもあり解決への糸口はなかなか見えてこない。感染症という特性も政策判断を難しくさせる要因になっている。新型コロナウイルスの感染状況は刻々と変化しており、もはや国・地方政府だけに頼っていては社会的課題の解決に対応することは不可能になってきている。
このような状況を見ると、ますます将来に不安を感じるかもしれないが、コロナ禍において希望を感じさせる兆しも多くあった。ここでは、オープンサイエンスとオープンデータという観点から、コロナ危機を含め、今後の日本が抱える社会的課題の解決に向けた新たな可能性について議論したい。
オープンサイエンスとオープンデータによる新型コロナ対策の動き
データサイエンスの重要性が言われ続けてきた昨今、新型コロナウイルスの感染拡大防止でもデータサイエンスが果たせる役割があることが明確になってきたと思われる。特に印象的だったのが、東京都が公式に公開した「新型コロナウイルス感染症対策サイト」である。オープンソースでシステムを開発し、GitHubというソフトウェア開発のプラットフォームサイトで公開されたというこれまでにない新たな試みであった。サイトでは東京都の感染状況に関するデータが分かりやすく可視化され、データも自由にダウンロードできるようになっている。最新の必要な情報がわかりやすく住民に届けられることで、どのような感染症対策が必要とされているのかを議論する、まさしくオープンサイエンスのための土台ができてきたと感じている。
オープンデータという側面は、議論に幅広い柔軟性を与えている。データを利用して各自の関心に基づいて独自の分析を行えることから、各自でエビデンスを示しながらさまざまな観点から感染状況について議論できるようになった。また、都道府県別や区市町村別のデータ公開が行われてきたことで、感染状況を地図上に可視化する動きも出てきた。これはデータがオープン化されなければ迅速に行われなかった取り組みである。
緊急事態宣言が発出された4月7日以降は、人出がどのように変化しているのかをモニタリングできるように関係各社よりデータが提供・公開され、国民にも重要な情報が提供されてきた。また内閣府からは、「新型コロナウイルス感染症の影響下における生活意識・行動の変化に関する調査」の調査結果が6月21日に公開され、コロナ禍の最中において貴重な情報源となった。非常に素晴らしく感じた点は、調査結果の集計データではなく、秘匿処理がされた個票データが取得できるようになっている点であり、これまでにない革新的な取り組みだと感じている(注1)。また、内閣府地方創生推進室ビッグデータチームが新たに開発したV-RESASというデータ分析システムでは、感染症だけなく経済対策という観点から重要な指標が常にモニタリングされており、貴重な情報を国民に提供されている(注2)。コロナ禍を契機に公的機関においてこのようなオープンサイエンスとオープンデータの動きが加速してきており、今後の大きな転換点になると期待している。
オープンサイエンスとオープンデータは、近年のEBPMを支える土台でもある。従来の政策評価は、政府が第三者に依頼することで評価してもらうことが主流であった。そこでは、政策立案・評価に携わる人々は限られていたり、そもそも委員の任命権は政府が持っていたり、評価する第三者も1つの機関のみが受注するといった慣行が一般的であり、必ずしも透明性の高い仕組みとは言えなかった。
一方で、オープンサイエンスとオープンデータの取り組みは、データの匿名性を保ち利用規約を遵守してもらえるようにデータを公開するだけでよい。もし研究者がデータに注目し論文を書いてもらえるならば、政府は委託費用を支払う必要もなくタダで政策評価をしてもらえたことになる。研究者にとっても研究業績になるため、双方にとって有益な結果を生む。もし日本だけでなく世界中から無数の研究者に参加してもらえるならば、研究から貴重なフィードバックを得ることができ、より良い政策立案の環境が形成されていく。
もちろん良い面だけではない。誰もが参加できることで、質の高いものから質の低い分析までありとあらゆる結果が生まれ、どれが信頼できる内容で何を参考にしたらいいのか分からなくなってしまう。だからこそ、諸外国では修士号や博士号を持った専門性を持った人材が政策立案を行う公的機関で必要とされている。日本の現状を見ると、まだまだオープンサイエンスとオープンデータを土台にしたEBPMの仕組みは十分とは言えないが、ここで紹介したように、コロナ禍において大きく前進する出来事が増えており、今後の動向に期待している。
オープンデータを用いた新型コロナウイルス研究とウェブアプリケーション開発への挑戦
新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けてオープンデータが利用できる可能性を2020年4月に指摘した(近藤、2020a, b)。RESASが提供する「まちづくりマップ」のデータの中に、「From-to分析」という項目がある。ここではNTTドコモが提供する「モバイル空間統計」の一部のデータが無料で閲覧できるようになっている。最新データというわけではないが、これまでに都道府県、区市町村間で人々がどのような移動をしていたのか、年月、平日・休日、男女、年齢、時間帯別に詳細が分かるようになっている。新型コロナウイルスの感染拡大防止として、地域間の移動を自粛することが必要になってくるが、人々が普段どのような移動をしているのかを政府が把握できれば、必要な政策を事前に整理し重点的に取り組むことが可能になる。その結果、感染拡大防止や経済対策に向けて最大限の結果が得られると期待できる。
今回、実際にRESASのオープンデータを活用して、新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けて取り組んできた研究成果をここで紹介したい(Kondo, 2020)。新型コロナウイルスの感染拡大防止に向けたさまざまな対策が政府によって取られているが、その1つとして、都道府県間の移動自粛要請がある。ただし、移動自粛をした場合としなかった場合で、感染拡大防止においてどのような効果が得られるのかについて事前に十分把握できていない側面もある。また喫緊の課題であることから、十分データが集まってから検証をするのでは感染症対策が手遅れになってしまう。そこで、本研究では、疫学で用いられるSusceptible-Exposed-Infectious-Recovered (SEIR)モデルに都道府県間の移動を取り込んだモデルを構築し、そこからシミュレーション分析によって移動自粛にどのような効果があるのか評価することで政策立案に寄与することを目的としている(注3)。
本研究のモデルの特徴は、普段の生活のように、日中は通勤・通学で移動し、夜に自宅に戻るという行動を考慮している点にある。つまり、人々は昼夜で異なった地域に滞在しているため、居住地が同じであっても日中にどこに滞在しているのかによって個人ごとの感染確率が異なってくることにある。本モデルでは、人々は日中の滞在先で感染することを仮定し、移動を通じて地域内外に感染が拡大する側面を表現している。
分析において最も重要になってくる点は、人々の都道府県間の移動をどのように設定するのかである。本来は、人々の移動決定は移動先の感染状況によっても影響を受けるため、リアルタイムで観測されるデータを用いて複雑なモデルを考慮する必要があるが、ここでは簡単化のため、感染状況にかかわらず過去の都道府県間の移動が将来も変わらず継続していたらどうなるのかという反実仮想の下で分析を行っている。そこで、RESASからダウンロードできる2015年9月から2016年8月までの毎月の平日・休日および時間帯を区別したデータを利用した。
本研究のシミュレーション分析から明らかになった内容はRIETIウェブページのノンテクニカルサマリーに掲載予定のためここでは簡単に紹介するのみにとどめる。まず、都道府県間の移動自粛は、地域広範に感染が拡大してしまうことを防ぐ効果があることがシミュレーション分析から得られ、政府が期待するような効果があることが示された。ただし、都道府県間の移動自粛のみでは全国的な感染者数を大幅に減らすことはすでに難しいことが分かっており、マスクを着用する、手洗いを徹底する、不要不急の外出や三密を避ける等、より生活に身近な対策を普段から心掛けることがより重要であることが示唆される。
さいごに
複雑化する社会的課題を解決していくためにはオープンサイエンスとオープンデータを促進し、多くの主体が自発的に参加できる環境を形成していくことが求められる。本コラムで紹介した研究はまさにRESASのオープンデータの恩恵を受けたこともあり、得られた分析結果はオープンデータとして社会に還元できるようにウェブアプリケーション開発にも挑戦し、誰もがシミュレーション結果を閲覧できるようにした(図参照)。なおSEIRモデルのような疫学モデルは初めて扱う内容であるため、研究にはまだまだ改善すべき余地があると感じている。オープンサイエンスとオープンデータの観点から、さまざまなご意見を受けることで、研究内容が改善され、さらには社会に還元されていくことを願っている。

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(URL: https://keisuke-kondo.shinyapps.io/covid19-simulator-japan/)