日中国交正常化30周年記念・RIETI特別座談会

これからの日中経済関係と経済産業研究所の役割

当研究所では昨年(2001年)4月の設立以来、「これからはアジア経済統合が非常に重要になる」という問題意識の元、中国研究に力を注いできている。そこで、当研究所の昨年1年の中国研究結果を簡単に振り返るとともに、「これからの日中経済関係と経済産業研究所の役割」というテーマで当研究所所長、中国研究スタッフ等による座談会を行った。

日時:平成14年1月11日 於:RIETI所長室

座談会出席者

  • 青木 昌彦顔写真

    経済産業研究所 所長・CRO、スタンフォード大学教授。中国との主な関りは70年代~と古く、『比較制度分析に向けて』に代表されるような中国語に翻訳された著書も多数。

  • 関 志雄顔写真

    経済産業研究所 上席研究員。香港出身。東京大学で経済学の博士課程修了後、野村総合研究所でエコノミストとして活躍。昨年より経済産業研究所に勤務。専門はアジア経済統合や円通貨圏の問題、中国の経済改革。RIETIサイトで主宰している「中国経済新論」が人気を博す。

  • 津上 俊顔写真

    経済産業研究所 上席客員研究員。1980年に通商産業省に入省後、在中国日本大使館 経済部参事官などを経て、現在経済産業省通商政策局北東アジア室長として中国を担当。

  • 李 琳顔写真

    • 李 琳(RIETI国際スタッフ)

    経済産業研究所 国際スタッフ。研究所のパンフレットの中国語翻訳、関上席研究員のHP「中国経済新論」のデザイン、作成、更新。RIETI中文サイトを担当する他、国際室スタッフを併任。

  • 周 国栄顔写真

    • 周 国栄(RIETI研究アシスタント兼国際スタッフ)

    経済産業研究所 研究アシスタント兼国際スタッフ。2001年6月に行われたBBL「中関村サイエンス・パークの現状と展望」の際に通訳を務めたことがきっかけでRIETIに勤務。早稲田大学大学院アジア太平洋研究科修士課程に在籍。

司会進行

  • 沢田 登志子顔写真

    1984年に通商産業省に入省後、大臣官房秘書課、産業政策局産業資金課、貿易局長期貿易保険課などを経て現職。

司会:

皆さん、おはようございます。本日はお忙しいところお集まりいただきまして、ありがとうございます。今日は経済産業研究所の初めての試みとして、特別座談会を開催したいと思います。テーマは「これからの日中経済関係と経済産業研究所の役割」です。昨年はセーフガード問題で日本国内も随分揺れ動きました。その後WTOの加盟も決まり、中国そのものはもちろん、日中関係も今後どんどん変わっていくだろうと思われます。また、日中国交正常化30周年でもあるそうですから、マスメディアを初め産業界でもアカデミズムの分野でも、中国がまた1つのブームになっているところもあるでしょう。そうした中、研究所ではかなり早くからこの分野に注目してきたと思います。そこで、昨年1年間の研究所でのアジア関係、特に中国の研究を振り返って、「どんな問題意識で、どんなことをしてきたか」というのを青木さんから簡単にお話いただけるとありがたいのですが。

経済研究所が目指す「アジア経済研究プロジェクト」とは

青木:

青木 昌彦所長・CROこの研究所は「研究所全体として政策提言をしたり研究プロジェクトを組んだりする」というのではなくて、あくまでも個人の研究プロジェクトを基礎にして、質の高い研究を目指しています。「組織として提言をする」ということになると、えてして平均値を取るようなことになりますが、そういう政治的な配慮なしに、自分の思うところを科学的に追求する研究を中心にしたいと思っています。

ただ、そうはいっても、研究所に研究者が集まることによってお互いにシナジー効果も出ますから、緩いフレームワークを考えました。我々はこれを「クラスター」と呼んでいます。クラスターは9つあって、その中にはITや技術革新、企業組織といったものもあるのですが、国際経済に関して2つのクラスターを考えています。その1つは、国際経済関係や国際経済の仕組みがどういうふうにできあがっていくのか」を扱うもので、WTOなどの問題もそこで議論します。そして、もう1つ初めから考えていたのが「アジア経済」です。

最近は「中国脅威論」が出てきたり、セーフガードの問題もあって、中国がここ数カ月、にわかにジャーナリズムで大きく議論されるようになりました。しかし、私どもは設立準備の過程から「これからはアジア経済統合の問題が非常に重要になるだろう」という問題意識を持って、アジア経済を1つのクラスターとして考えたのです。加えて、我々は独立行政法人でしかも非公務員型という組織形態を取っていますから、香港出身で日本でずっと研究を積み重ねて来られた関さんのような方を、民間からスカウトすることができたわけです。「アジアの経済統合」といっても、これは決して「グローバルな市場の統合に対立してブロック経済をつくろう」というわけではありません。「アジア経済統合が世界的な市場統合の補完的な役割を果たす」というのが我々の立場でありますから、そういう観点から研究をしていきたいということですね。それと同時に、単に研究をするというだけではなくて、これは後でまた申し上げることがあるかもしれませんが、「ANEPR」という試みもしています。「ANEPR」というのはAsian Network of Economic Policy Research、つまり「経済政策研究のアジアネットワーク」という意味です。これには「中国や韓国・シンガポールなどの東アジア諸国の経済学者と、広くアメリカやヨーロッパにおいてアジア経済に関心を持つ経済学者の、ネットワークの結節点になろう」という希望があるのです。すでに去年の冬第一回目を開きまして、昨年ノーベル経済学賞を受賞したスティグリッツ氏にも参加してもらいました。そういう試みも、これからずっと継続していきたいと思っております。

司会:

RIETIで「中国の研究者と日本の研究者」、「日本の中国研究と中国の日本研究」などといったものが結びつけられればおもしろいですね。RIETIの中国語サイトも、そういった考えに基づいて立ち上げられたものと思いますが、李さん、「どんなことを目指してつくられたか」というのを、少しご紹介いただけますか。

日本の情報が不足する中国

李:

私はずっと日本語を勉強してきまして、日本と中国の両方がうまくいくようにと強く願っています。しかし、日本と中国の間の情報交流はとても足りない。そのために互いに誤解があるというか、情報不足によって行き違いがいろいろと生まれてしまっていることにとても心を痛めているんです。私はできれば客観的な立場で、日中の良い所も悪い所も互いに紹介して、理解を深めるという気持ちが強いです。ですから、幸いにこの仕事をさせていただいて、大変光栄に思っております。HPの立ち上がりのとき、最初は単純に「今RIETIは中国研究にとても力を入れているから、そういう思いを中国に伝えたい。中国研究に関する内容を中国人に伝えたい」と考えていました。ですが、やっているうちにだんだん欲が出てきまして、「中国研究以外に日本経済の研究も伝えたい」と思うようになってきました。たとえば、不良債権の処理の方法など、日本の経済システムは中国の研究者にとって大変興味深いのです。日本国内の経済の状況を中国人に伝えることも、結構参考にする価値があるでしょう。ですから、今中国研究以外に、できる限り日本の経済研究もウェブサイトにのせて中国人に伝えています。

青木:

私は去年の暮れに、私の書いた本の中国語訳が出たということもあって、中国に10日ばかり旅行してきました。復旦大学や清華大学、北京大学、上海社会科学院などで、研究者達と交流する機会があったのですが、1つ印象深かったことがあります。私が1年前に中国へ行ったときは、シリコンバレーの経済モデルなどについて話しました。当時の中国ではそのことに大変関心が強かったのです。しかし、今回は中国の研究者の間に、日本に関する関心が非常に強まっているという印象を受けました。とても熱心に話を聞いてくれましたね。それから、もう1つ感心したのは、日本で学位を取った中国の方が、いろいろな大学で重要な役割を果たし始めていることです。そういう方がたくさん出てきていて、大変心強く思いました。

そういう人たちは研究所で、中国語のサイトが出てきたことを非常に歓迎しています。彼らは情報を自分たちだけで使うのではなくて、「日本語ができない、読めない他の研究者とも共有できるような機会が出てきた」ということでもって、大変喜んでいましたね。

周:

私は去年の7月からこちらにまいりましたが、RIETIに国際的な雰囲気を感じて、本当に感心いたしました。以前仕事をしていた上海ではたくさんの日系企業が進出していたのですが、一番重要なポストは必ず日本人が担当しているということもあり、どちらかといえば「国際化には余り熱心ではない」という印象を前から持っていました。ですが、このRIETIに入って、全く新しい印象を受けました。「日本でもこのようなすばらしい研究機関があるのだ。しかも経済産業研究所というのは経済産業省にも近い立場でいろいろ提言できるから、これは中国にとっても大変心強いな」という感じがしました。

また、この経済産業研究所で研究しているテーマは、私が非常に興味を持っているものです。今は中国は経済成長期で、よく「中国の高い経済成長率」といわれていますが、今日の日本にはこれからいろいろな問題にぶつかるであろう中国の、まさに将来像のようなものがあります。ですから、日本のいろいろな研究を見ていくことができるというのは、私にとって大変いい勉強になると思っています。

青木:

私はさっき「中国の研究者が日本のことに非常に強く関心を持ち始めている」と申し上げましたが、まさにそういう関心だと思います。たとえば、「銀行の不良債権問題をどういうふうに処理するか」などということに関心が持たれていますね。また、ご承知の通り、中国では国有企業の比重がどんどん落ちてきて、工業生産高でも30%を切っています。また、折江省のようなところでは5%ぐらいにもなっているという話です。国有企業の多くは「公司化」というのですか、いわゆるコーポレーションにはなっているわけですが、あくまでも国有企業で、取締役会ではインサイダーが中心です。しかし、だんだんアウトサイダー、つまり外部の取締役も出てきている。

それで、経済学者の中では「インサイダーが支配しているコーポレイト・ガヴァナンスに、どうやって外部の血を入れるか」ということも真剣に議論が始まっていて、日本のコーポレイト・ガヴァナンスのあり方にも非常に興味を持っていたりしますね。

ただ、「これから中国の経済成長が続く」といっても、1960年の末期から70年にかけて日本の政治の世界が揺れ動いたような交通問題や公害問題などに、中国が遅かれ早かれ直面する可能性もないわけではない。

そういう意味で、中国と日本の間では単に経済統合が進んでいるだけではなくて、「経済システムがどういうふうに働いているのか」、そして「経済を安定させ、成長させていくためにはどうしたらよいか」という点について、お互いから学ぶところがたくさんあるのではないかと強く感じました。

関:

それに加えて、中国はWTO加盟が実現しましたので、これからは貿易のほうで日中関係がもっと緊密になると思います。私が「これがこれからの日中の協力の分野になるのではないか」と思うのはそこなのですが、中国は今WTOのルールに明るく、国際的な交渉のできる人材を大変必要としています。日本はWTOに加盟してから長いので、その面では非常に豊かな経験を持っています。そこで、今後の国際的な交渉では中国と日本が協力していくと。たとえば、「欧米諸国との貿易交渉にはどういうふうに当たっていくか」などについても、双方話し合いをしながら、学び合い、協力する余地が大きいのではないかと思います。

司会:

ご自身のHP「中国経済新論」についてもコメントいただけることがあればお願いいたします。

「中国脅威論」に違和感。客観的な中国の変化を評価したい

関:

関志雄上席研究員私は、特に最近の中国脅威論に関しては、非常に違和感を持っています。ついこの間までは中国に関して悲観的な見方が一般的でしたが、ここ1年間で「中国は強いから脅威なのだ」というようにガラッと変わりましたでしょう。1年でそんなに変わるものではないんですよ。ですから、「もっと冷静に考えたらどうか」というのが、今の私の1つの問題意識にもなっています。このHPの中でも、「中国の変化をどう評価するのか」ということをできるだけ客観的に伝えたいと思っています。

それは自分の研究のためもありますが、「どういう政策提言をしているのか」といった中国の研究者の考え方も、日本語にして日本の一般大衆に伝えていきたいのです。というのは、今までの日本の中国に対する見方は、マスコミの影響が非常に大きいからです。

新聞記者が中国の情報をどういうふうに仕入れるかといったら、現地にいる日本人に聞くか、もしくは人民日報などの公式の新聞を日本語に訳すというふうな作業が中心なんです。だから、本音の話はわからないし、現状はどうなっているのか客観的には見ていない面がある。私は、そういう偏った部分を少しでも是正できたらいいなと思っています。

司会:

人気サイトになって、アクセス数も増え、私どもの看板サイトにさせていただいています。

関:

ありがとうございます。タイミングがよかったと思いますね。中国脅威論そのものは悪いんですが、それによって皆の中国に対する関心が大変高まったのは事実です。もう1つは、私が元々野村総研にいたこともよかったと思います。民間の研究所でこういうことをやろうと思っても、おそらくできないでしょう。「なんでこんなことをやるんですか」といわれて挫折してしまうと思います。

さらには、こちらに移ってきて、所長も中国研究に大変熱心でいらっしゃるし、スタッフの皆さんも中国語がよくできて、大変助かったという面もあります。中国のことわざでいう、「天の時、地の利、人の和」という3つが全部揃ってのことではないでしょうか。

司会:

すばらしいですね。さて、津上さんは「正確な情報が伝わっていない」といったことについて、どんなふうにお考えでしょうか。

津上:

先ほど国有企業改革論など悲観論の話がありましたが、2、3年前まで、日本では「やはり国有企業改革は大変だ。学校、病院、保育所、皆企業持ちで、中国はなかなかうまくいかないのではないか」というパーセプションが非常に強くありました。

私が現地で暮らしてよかったなと思うのは、「『中国経済と言えば国有企業改革論』という日本の当時の受け止め方はおかしい」と気がついたことです。「本当に進まない国有企業改革の話しかないのだったら、世の中にこんな活気があるはずはない。何か見落としている」ということには気が付いたわけです。それで、「何だろう、何だろう」と思ってたら、そのうち「民営企業というのがいるらしい」と(笑)。

そういう目でいろいろな人に話を聞いたり、ものを読んだりしていると、私営、民営企業というのが台頭しつつあるらしいと気がついた。共産党の正当なイデオロギーからいうと、少し位置づけに困るような人たちなものですから、大手を振って宣伝はしなかったものの、新しい経済の成長点が育ちつつあった。

そういった中国経済の新しい動力の部分、経済構造改革の萌芽のようなところに、私は比較的早い時期にタッチできた。そのことから中国に対する興味が非常に湧いたんです。

去年というのは、直接中国と関係なくても、またインターナショナルなビジネスはしていなくても、「中国というものは無視していいものではないんだ」ということに日本中が気がついて、喧々諤々の大議論になった年でした。どっち向きから議論をするにせよ、「中国を議論しなければいけないんだ」という方向に日本が舵をきった。私はそのことには肯定的な評価ができると思います。

知識と議論のストックが足りない日本

津上:

ただ、ストックがないんですね。知識という意味でも、議論の積み重ねという意味でもストックがないものだから、片々たる情報で極端から極端へブワーッと振れる。たとえば、悲観論一辺倒のようなところから、「広東省や沿海がとんでもないことになっているぞ」という話を聞いただけで、ダーンと認識が振れてしまう。それはなぜかというと、日本人の性格もあるのですが、もう少し客観的に見れば「知識のストックがないからフローの情報で振り回される」というふうに見えなくもない。

特に、国際関係や中国との関係、アジアでの関係といったテーマに関して言うと、残念ながら日本は、これまで国全体としてそこに付けてきた付加価値が薄いんです。

たとえば、「円借款の供与」や文化交流とか学術交流などは行われていますが、世の中全体に対するインパクトはそれほどない。皆それぞれ自分の仕事としてやってはいるんですが、付加価値の部分が非常に足りない。

だから、「日中関係をどうするんだ」といったような包括的な議論をしたときに、そこに積み上げられているものがないわけです。その結果どうなるかと言うと、そこの付加価値の部分に「セキュリティ」や「安全保障」というような、アメリカをフランチャイズとする人たちがやっていることの直輸入のような議論が非常に多くなってしまう。

それに対して、日本に固有の立場で「今後日中をどうする。アジアをどうする」とか、「安全保障や政治・外交だけではない、皆の暮らしを支えている経済という観点からどうである」というところを、これからもう少し積み上げていかなければならないのではないでしょうか。

関:

私も、なぜこの時期に日本で中国脅威論が盛んになったのか、いろいろ考えてみました。欧米にはそういう議論は余りないと聞いています。むしろ、「中国が大きくなればマーケットも大きくなるから、これはwin winでいいのだ」という発想が強いんですね。ところが、多くの日本の方は「中国の生産力はすごいがマーケットは大したことはない」と言っています。しかし、GDPの三面等価などを考えると、これはあり得ないことなんですが。なぜそうなったのか、これにはおそらく2つの理由があります。1つは、数年前の通貨危機のころ、中国に対する情勢判断が完全に間違っていたということです。「人民元が絶対下がる」とか、「GITICに貸した金はどう返してくれるんだ」といったような議論ばかりだったでしょう。その悲観論の反動で、今は極端な楽観論に走ってしまったのではないでしょうか。1つのきっかけは、やはり日本経済がこの2、3年の間にどんどん悪くなって、「隣の奥さんが非常に美しく見える」という状況になっているからではないかと思います。ですが、おっしゃる通り、中国脅威論には確かにいい面もあります。「よい脅威論」と「悪い脅威論」というふうにあえて分けて考えると、「中国も頑張るから日本も頑張る」といった、警鐘を鳴らすという意味ではいいことですよね。

津上:

頑張れば、ね(笑)。危機感を自分自身の前向きの努力につなげることが必要なんです。

関:

ただ、残念ながら、どちらかというと今は悪い脅威論のほうに偏ってしまっているのではないでしょうか。「一種の自暴自棄」というのですか、パニック状態に陥ってしまって、「何か悪いことがあったら中国のせいだ」というふうになっている。

それで、政治家も経営者も、自分の失敗に関しては責任を取ろうという姿勢が全然なくなってしまっているのは、非常に残念だと思います。

個人的な経験を超えたところで分析を

青木:

青木 昌彦所長・CROさっき、津上さんがおっしゃった「日本の中国観が大きく振れる」ということを少し違った見方でいうと、日本人は自分の個人的な体験や、限られた観察や印象から、大きな結論を引き出しすぎる傾向があると思うんです。中国経済に対してもそうですし、日米経済関係もそうだったと思います。
たとえば、1980年末期の日米関係を考えてみると、ワシントンだけを見る限り、確かに貿易摩擦が非常に大きな問題のように見えました。しかし、私はカリフォルニアのシリコンバレーの真っ只中にいたのですが、そこにいるアメリカ人たちはアジアについて全く違うパーセプションを持っていました。

一方、あの当時の日本ではアメリカ没落論が大変盛んで、私が「そんなことはない」といっても、ジャーナリストたちは余り言うことを聞いてくれなかったんです。

今度の中国の場合でも、沈没しかかった国営企業と政治家の斡旋でジョイントベンチャーをやってみたがうまくいかなかったとかいう経験があると、「中国人は契約を守らない」といったパーセプションになる。

日本の経営者の話だけ聞いていると、「中国人は契約を守らない」ということになるのでしょうが、富士通総研の金さんは欧米の経営者と日本の経営者の同じ数のサンプルを採って、彼らがどういうふうに中国を見ているのかという比較研究をしています。それによると、「中国人は契約を守らない」といった不平や不満は、日本の経営者の中では圧倒的に多いのですが、欧米の経営者の中では余りないのです。

では、欧米人と日本人に対して中国人がダブルスタンダードを使っているのかというと、私はそうではないと思います。成功した欧米の経営者は、やはり苦い経験から学んで、中国での商売の仕方を学んできたのではないでしょうか。さっきも周さんが「日本の企業は現地化が足りない」と言っておられましたね。中国と日本が本当に共通の理解に達して、よい経済関係をつくっていく上では、「個人的な経験を超えたところで分析をきちんとする」ことが必要だと思います。

私たちはこの研究所で、そういう印象論の段階から卒業して、きちんとした数字や分析に基づいた中国理解、あるいは日中関係の今後のあり方ということについて考えていきたいと思います。先ほど申し上げたANEPRは、まさにそれを目指しています。中国、日本、韓国の学者、アメリカにいるアジアの研究者といった人たちが、国境やバックグラウンドを超えて、自由にサイエンティフィックな議論ができるような方向に持っていかなければならない。そして、RIETIがそういう場所を提供できればと思います。それが本当のグローバリゼーションに対する日本の貢献になり得るのではないか、というふうに思っています。

司会:

「個人的な体験」ということでいえば、日本企業の中国での体験と逆のケースで、「中国の方が日本に留学やお仕事にいらっしゃって、嫌な体験をして帰られる」という話もよく耳にします。李さんや周さん、もちろん関さんも、いろいろなことを乗り越えられて、こういうグローバルな人になっておられるんですね。その辺についても、何かご感想があればお願いいたします。

関:

おそらく、仲間として認めてもらうには非常に時間がかかるでしょう。そういうクリティカル・ポイントがあって、それを超えると皆と一緒ということで、仲良くできると思うんです。私の場合、日本人の奥さんと結婚したというのが1つのきっかけでした。(笑)仕事に関しても、「皆と同じくらいに仕事ができますよ」ということを証明しないと、なかなかむずかしいです。外国人は言葉だけではなくて、非常にハンディを持っています。私の最初の研究は「アジアにおける円の国際化」でしたが、従来は国内の円の国際化に関する議論がまずあって、「なぜ円の話を外国人に聞かなければならないのか」という先入観が非常に強かったんです。それで、専門家として認めてもらうのにとても苦労しました。その代わり、「私は中国経済をやっています」と言ったら、すぐに専門家になってしまうんですね。「あなたは中国人で、人民日報も読めるんだから、エコノミストの看板を出している限り中国の専門家に決まっている」という先入観で判断されるわけです。そのように、中身を見ないで表面で判断されるから、振り返ってみると立ち上げの段階では非常に得をしました。この外見のお陰で最初は損をしましたが、それを今中国研究で取り戻そうとしているという状況なのかもしれません(笑)。

青木:

私はスタンフォード大学の経済学部にも属していますが、いわゆる教授や助教授などが30人ぐらいいる中で、外国生まれの人が3分の2ぐらいです。日本人も私や雨宮先生がいますし、中国生まれの人もいます。大学院の学生などは、去年入った25人のうちアメリカ人は5人です。残りの20人は外国から来ているわけですね。関さんがいみじくもいわれたように、外国人は言葉ができなかったり、ちゃんとした研究をやっていなかったりすると、誰も相手にしてくれない。しかし、一旦「きちんとした研究をやっている」ということが認められれば、もう国境などは全く問題ではなくなるわけです。本当の分析という次元で、お互いが切磋琢磨していくことが研究機関にとっては必要だと思います。

在日中国人留学生について、ほとんど何も知らない日本人を

津上:

これは仕事のほうの話なんですが、今「在日中国人留学生」という調査をやっています。日本が今後中国といろいろな関係を深めていくというときに、留学生は人的資源として非常に大事なはずです。しかし、ふと考えてみると、我々は在日留学生に関してほとんど知らないんですね。「彼らがどういう暮らしを送っていて、卒業後どんな仕事をしているのか」ということを初め、そもそも「何人いるのか」ということすらよくわかっていない。そこで中国の欧米留学生同窓会や日本留学生同窓会という組織に頼んで、実態調査をやってもらうことにしたのです。

今、日本の大学や大学院に留学生として来ている人は、大体4万人台だそうです。

そして、それ以外に、留学生になるべくバイトしながら語学学校に通っている就学生がいます。ほとんどの留学生が大学留学の前にそういう助走段階を通っているわけですが、そういう人たちが2万人台です。その留学生予備軍としての就学生と留学生を足すと、7万人近い。他に、企業などに技術実習のような恰好で入っている研修生というジャンルがあるのですが、この人たちが3万人ぐらいいます。トータルすると、中国から日本に何らかの形で学びに来ている若者は10万人ぐらいいるということになります。

では、「日本はこの人たちを活用しているか」と言うと、今関さんが言われたように、非常にもったいないことをしていると思います。中国に対して関心がないのなら、それはそうなっても仕方がないのかもしれませんが、これだけ関心があるのならこの現状ではもったいないですね。

関:

実は、留学生問題は私のもう一つの専門です(笑)。さっき「欧米は対中投資に比較的成功しているが、日本は少し違う」という話がありましたが、その1つの原因はやはり人の使い方ですね。

津上:

現地化ですか。

関:

といいますか、アメリカの場合、最初のところはABC(アメリカン・ボーン・チャイニーズ)に任せていました。今はもう選手交替して、アメリカに留学した大陸出身の人に変わってきています。日本は、実はNEC(ニッポン・エデュケーティッド・チャイニーズ:日本で教育を受けた中国人)をたくさん持っています。それは経済資源でもありますし、外交資源でもある。彼らは、戻ったら商売をやる場合もあれば、政府に入る場合もありますが、もしかしたら交渉のテーブルの向こう側に座っているのが昔の大学の同窓生だったりするかもしれないんです。その辺の外交資源をもっと大事にしないと、おそらく日本の外交も行き詰まるのではないでしょうか。これは大変重要な問題だと思います。

津上:

さっき関さんが、個人の体験として「日本人と同じ業績を上げないと認められない」とおっしゃいましたが、それは多分謙遜表現でしょう。本当は「上げた業績が日本人と同じでは受け入れてもらえない」という、ものすごいハンディがあると思うんです。むしろ、「よほど卓越したものを示さないと中に入れてくれない」という閉鎖性を、日本はまだ引きずっているところがあります。

これからますます経済統合が進む世界になっていくとすれば、そういう閉鎖性を引きずるということは、日本にとって非常に大きなマイナスになると思います。今の「現地化」の話などは、それが最も端的に現れている部分かもしれません。

私は実は楽観論者で、この点も「変わり始めた」というふうに思っているのですが、そこをもっと加速していかなければいけません。そのためには、RIETIが「皆よりも事実認識のところで少し先を行く」と言うか、世の中にシグナルを送るような仕事をすることが大事だなと思います。

人材の空洞化が危ぶまれる日本

関:

日本経済が調子よかったころは、留学生たちは大変優秀な人も含めて、「日本に留学して日本から学ぶんだ」という発想で来ていました。

しかし、残念ながら、最近は優秀な人は皆アメリカを目指すという感じに変わってしまっています。また、日本の経営者も「任せたいが人材がいない」となって、一種の悪循環になっている。「いかにこの悪循環を打破するか」というのも、大きな課題ではないでしょうか。

青木:

周さんは先ほどの「4万人」という留学生のうちの1人ですが、そういう立場から日本に注文なり何なり、ありますか。

周:

周国栄RIETI研究アシスタント兼国際スタッフ「日本に留学する」というのは、どちらかと言えば中国では少数派といってもいいと思います。やはり欧米指向、特にアメリカ指向が大変強いんです。なぜかというと、今の日本の留学生に対する制度にも大変関係があると思います。たとえば、スカラシップを獲得するには、アメリカのほうがはるかに易しいんです。「易しい」と言えば少し語弊があるかもしれませんが、「いろいろなルートがある」というのが事実です。それとは対照的に、日本の大学や大学院に進学するための奨学金は、アメリカよりもっと努力しなければ手に入らないのです。ですから、そういう面では、日本の留学生を受け入れる体制をもっと改善されたほうがいいのではないでしょうか。

青木:

またスタンフォードの例になってしまいますが、スタンフォードの大学院には、毎年中国から200人ぐらい応募があります。そのうち5人ぐらいとっているのですが、「誰をとるか」というのは、完全にその人個人を見て選択します。経済的なサポートがあるかどうかは考慮しないで、最良の学生を選抜するんですね。それに、その学生をどこがとるかでMITやハーバードなどと競争になりますから、まず最善のプールをつくる。そして、その後で国籍の如何を問わずその人たちに奨学金を出すなり、あるいはティーチングアシスタントとかリサーチアシスタントという何らかの形で、生活ができるような手段を後で講ずるわけです。そこの間には何の差別もありません。ですから、周さんが今おっしゃったアメリカ重視の傾向は、多分そういうこととも関係すると思いますね。

司会:

沢田 登志子RIETI広報企画ディレクター留学生の受け入れ制度にしてもスカラシップの制度にしても、それだけで考えるのではなくて、津上さんが先ほどおっしゃったように、長期的な中国との関係という視点からどうするのが一番いいのかを考える。若干「経済的な」と言うか、戦略的な視点も持って、いろいろな制度を考えていかなければならないということでしょうか。

関:

あえてきつくいうと、留学生の問題は量の問題ではありません。一時期「10万人という目標を達成するかしないか」で揉めましたが、そうではないんです。来る留学生の質がどんどん下がっていくのをどうやって止めるか。非常に当たり前のことですが、日本の大学が一流でなければ、一流の留学生はやってこない。これは表は留学生の問題ですが、実は日本国内の教育、大学全体の問題なのではないか。そう理解しなければ、いつまでもよくならないでしょう。

青木:

全くおっしゃる通りですね。

津上:

津上 俊哉RIETI上席客員研究員それは学校という教育機関の問題であるし、さらに言えば、社会の留学生に対するリテラシーのようなものも含めて、受け入れ体制の競争力のところでとんでもなく遅れたことをやってきた結果が現状だと思います。そういう意味では、「中国の若者の日本留学に対する興味や期待」は、制度を改善さえすればこれからどんどん高めることができるはずです。今まで努力は何もしていないに等しいんですから。そういう意味で、これからやっていくことについては、非常に「限界効用」の高い部分があるはずです。

関:

これは、個人の立場から言うと経済問題ですね。結論からいうと、「日本に留学することは非常に採算性の悪い投資である」ということになっています。
コストが高くて、余りメリットはない。それに就職も非常にむずかしい。日本語も勉強しなければなりませんから、よけいに時間はかかる。それに、学者を目指す人も、特に文系の場合は学位がなかなか取れない。それらを合わせて考えると、後輩から「日本に留学すべきかどうか」という相談を受けたら、私は迷わず「やめなさい」というしかない。こういう状況を変えないと、もう議論は進みませんね。

李:

さっき津上さんがおっしゃった通り、日本はいろいろな日中交流活動を行いましたが、付加価値が少ないですよね。1つの活動が終わったらそれきりで、参加した人以外には拡大されない。一般の中国国民に「どれだけ現代日本のことを知っているか」と聞いたら、知識的にはかなり貧しいと思います。これは、日本からの発信能力が乏しいからではないでしょうか。どのようにして全体的な交流をするかが問題だと思います。

たとえば、文化交流にしても、韓国が去年行った中国への発信は非常に強くて、韓国の映画やテレビドラマなどがすごい勢いで中国に広がっています。ワールドカップの中国への招待などもその1つでした。それに比べると、日本は遅れてしまっていますから、どのように日本のことをうまく中国に向けて伝えるかが非常に重要だと思います。

関:

李さんの責任ですよ(笑)。

李:

私の知っている女の子はとても日本のデザインが好きで、日本に憧れていたんですね。それで、ちょうど18歳で留学先を考えていたので、「日本へ行きたい」といったら、親から「やめなさいよ。日本は働き蜂の国だから苦労するだけだよ」と言われて、イギリスに決まってしまいました。せっかくそういうイメージを持っていたのに(笑)。

実際日本は大変な働き蜂ですが、最近の国際労働機関の調査を見ると、一番労働時間の長いのは韓国です。アメリカ、オーストラリアに続き日本は6番目なのに、昔のイメージが強くて、新しい日本のイメージは弱い。ですから、そういう発信が増えたら良いと思いますね。

「ANEPR」プロジェクトの目的は政策研究のアジアネットワーク

青木:

李さんのおっしゃったように、「日本から招待をしても一回限りで終わってしまう」というのは本当に良くないことですよね。
そろそろ時間も来たのでまとめのようになりますが、一番最初に申し上げたように、このRIETIで「ANEPR」というプロジェクトを進めようとしているのは、まさにそういう問題に取り組むためです。つまり、「ネットワーキング」ですね。コンファレンスなどを一回限りのお祭り騒ぎで終わらせるのではなくて、そこに来た学者などがずっとこのネットワークをインフォーマル、あるいはフォーマルな形で続けられるような、そういう仕組みにしたいと思っているんです。今年の4月にANEPRの2回目の会議をやるのですが、すでに中国、韓国、シンガポール、マレーシアなどの政治経済学者たちに招待状を出しつつあります。また、アメリカからも招待したいと思っております。

そのシンポジウムでは、中国問題に関心のある研究者やマスメディアの方にも参加していただき、ラウンドテーブルでじっくり議論する予定です。

そして、公式なディスカッションとともに、インフォーマルな形でお互いに交流できるような場を設ける。そういうことによって、人のつながりをずっと蓄積していきたいと思っています。

津上さんなどの大変なご努力によって、経済産業省が主催して去年の9月に大阪で日中経済討論会が行われたでしょう。あのときは70人ぐらいの中国の経済学者や経営者らが来ていましたが、あそこに参加された方にはマルティプル・ビザがでました。

これは小さなことですが、今までは一回一回面倒な手続きでビザを取らなければならなかったのが、このお陰で彼らはいつでも来れる状態になりましたよね。

一カ月前、中国を代表する経済学者のFAN Gangという人が来ました。今回何かのコンファランスのために来日したそうで、私が「何日間の予定で来られたのか」と聞いたら「一日半だ」といわれました。

「もうマルティプル・ビザがあるから、東京に来るのも上海に来るのと同じだ」と言って、喜んでおられました。今度の4月のANEPRの会にもご招待したいと思っています。

津上:

4月の会議のときも、マルチのビザを持っていない招待者がいれば、ぜひ外務省にお願いして出してもらうようにしましょう。

青木:

そのようにしていただきたいですね。そうすることによって、この恒常的にコンタクトができます。そういうことを積み重ねていくと、セーフガード問題のような、ちょっとした行き違いから交渉事がむずかしくなるような事態にも対処できるのではないでしょうか。つまり、問題が起きたときには、インフォーマルな形でもいいからすぐに腹を割って、「状況はどうなっているのか」「これはどのように解決すべきか」と話し合える、そういうネットワークとしても役立つような関係が生まれてくるといいなと思っています。

司会:

今日は本当にどうもありがとうございます。RIETIで「何をすればいいのか」「何を目指せばいいのか」といった課題が、若干見えてきたような気がいたします。「人や情報のネットワークの結節点になる」ということとともに、先ほども出ました「情報のフローの部分だけではなく、情報をしっかり分析したり研究したりする」という機能を提供できるような研究機関でありたいと思います。皆さん、お忙しいところを本当にどうもありがとうございました。