進化ゲーム理論的合理性、相対的剥奪拒否、社会的知性、取引役割機会の不平等、社会的差別—最後通牒ゲームの思考実験を通じてミクロな行動とマクロな社会・経済の関係を導く

執筆者 山口 一男(客員研究員)
発行日/NO. 2022年12月  22-J-041
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概要

本稿は新古典派経済学とは異なる形で、進化ゲーム理論的な観点が、ミクロな行動理論がマクロな社会経済理論を生み出しうる例として、最後通牒ゲーム(ultimatum game)に基づく思考実験とシミュレーションを用い以下の結論を導く。
(1)進化ゲーム理論的観点からは、一定の閾値基準で相対的剥奪を拒否する行為の方が、新古典派経済学的な意味での合理的行為より、より広範な条件の下で、有利となる。
(2)取引役割機会の平等の下では、異質な他者の行動を認知できる社会的知性の発達は、(1)の傾向をさらに強め、社会的知性を持つ人の割合が増えるほど、より平等主義的行動が社会的安定を得る。また社会的知性の発達は、異質な他者との合意率を増やすので、他者の行動の不確定性に伴う取引費用が減る分、平均的に社会をより豊かにする。
(3)取引役割機会の不平等の下で、price setterである「提案者」とprice takerである「応答者」の役割が固定されるとき、社会的知性の働かない社会では、応答者としては新古典派経済学的な意味での合理的行為者が最も有利となるが、社会的知性の発達は相対的剥奪を拒否する応答者の戦略を進化ゲーム理論的により有利にする。
(4)取引役割機会の不平等の下では、提案者の社会的知性の獲得が応答者との取引における提案へ活用されると、平均利得も社会的合意達成率も増すので、平均的にはより豊かな社会を生む。
(5)応答者が社会的知性を相対的剥奪が小さく、その意味で応答者に有利な提案者との取引の優先に用いると、提案者と応答者を合わせた平均利得を変えずに、両者の利得格差を減少させ、より平等な社会を生み出す。
(6)逆に提案者が社会的知性をより相対的剥奪が大きく、その意味で提案者に有利な応答者との取引の優先に用いると、提案者と応答者の利得格差を増大させるだけでなく、他の提案者の取引に社会的ミスマッチ生み出し、その結果応答者だけでなく提案者の平均利得も下げ、かつ社会的合意率も下げるという外部不経済を生む。
また以上の分析結果が日本の労働市場の問題に投げかける意味を合わせて議論する。