ベトナム国有鉄鋼企業の衰退とリストラクチャリング

執筆者 川端 望 (東北大学)
発行日/NO. 2017年10月  17-J-066
研究プロジェクト 現代国際通商・投資システムの総合的研究(第III期)
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概要

本稿は、ベトナムにおける国有鉄鋼企業集団VNスチールの衰退とリストラクチャリングを分析するものである。ベトナムの漸進的市場経済化において、多くの大規模国有企業が民営化されずに長く改革の過程を経てきた。その中でVNスチールは、市場競争の中で衰退して経営再建を迫られている事例として重要である。本稿では、(1)鉄鋼企業分析としては生産システム分析によって、VNスチールが投資競争において立ち遅れた様子を具体的に明らかにする。(2)国有企業分析としては、1)政府支援の後退と企業統治改革がVNスチールに与えた影響、2)衰退が経営破たんの危機に至った場合に政府の支援・介入の再強化が生じる可能性、という2つの角度からの分析を行う。また(3)VNスチールのみならず鉄鋼業の産業組織に対する経済改革の影響を評価する。

分析結果は以下のことを示している。(1)VNスチールはベトナム鉄鋼市場で大きく後退し、経営危機を経て現在もリストラクチャリングの過程にある。(2)同社が衰退した理由は、政府の中途半端で不整合な政策にある。すなわち、政府はVNスチールを成長させようと支援することもせず、さりとて企業統治の急速な改革もしなかった。このためVNスチールの企業行動は国有企業の特徴を残したままであった。量的拡張投資により中途半端な工場が複数出現したこと、また投資プロジェクトが遅延したことにより業績が悪化した。いったんは支援を放棄した政府は、経営再建への関与を強め、そのコストを負担せざるを得なくなっている。(3)ベトナム政府の政策は、企業レベルではVNスチールの改革に失敗したが、産業レベルでは競争的環境整備に成功した。国際経済統合を背景とした企業制度改革によって、鉄鋼業における民間・外資企業の台頭は促され、VNスチールがこれを妨げることはなかったからである。

本稿の分析は、衰退する国有企業への政府の関わり方という問題領域の重要性を示している。政府支援の後退と企業統治改革の遅れという不整合な組み合わせは経営危機を招き、結局は経営再建への関与へと政府を引き戻してしまうのである。また本稿は、国際経済統合への参加が移行経済の経済改革に及ぼした影響を評価する際に、国有企業レベルと産業レベルでの複眼的な評価が必要であることも示している。